「映画『アキラとあきら』を観て、つくづく池井戸潤さんは土下座がお好きだと思った」

 私が好きな若いイケメン、横浜流星くんが大企業の御曹司に生まれながら、社長になるのを蹴って、メガバンクの銀行員になる話と聞いて、いそいそと小屋へ見に行った。
 昔、キムタク、今、流星と、私のイチ押しは変化してきたが、イケメン好きでどこが悪い! 
 私は横浜流星くんを2019年のTBSテレビドラマ、『初めて恋をした日に読む話』で初認識した。それまでは流星の流も知らなかったのである。この頃、やたらに若い男性タレントが出てくるので、いちいち気にしていたら面倒臭い。
 このドラマでは、流星くんがピンク頭で登場するので、一発で覚えた。
 ピンク頭のヤンキーもどきが、東大受験に失敗して以来、3流塾の講師をしている美人先生・深田恭子ちゃんと2人で頑張って、ついに東大に合格する話だった。
 最後に、東大合格してから、なんか広い教室で、恭子ちゃんと流星くんが長々とキスする場面を今でも覚えている。私が審査員の1人をさせていただいている「ドラマアカデミー賞」でも、流星くんは受賞したはずだ。
 さて、今回の映画、『アキラとあきら』に戻ると。
 あの、ピンク頭だった美少年が、黒髪にダークスーツのぴしっとしたメガバンクの行員となって、颯爽と登場するのがこの映画である。
 池井戸潤さんの原作ならば、面白いはずという曖昧な理由もあった。
 何しろ、池井戸さんと言えば、『半沢直樹』の興奮を忘れられないからである。その後も『下町ロケット』とか色々と連続ドラマで面白いものがあった。
 息苦しい経済界の葛藤が、面白い人間ドラマになるのは、その中に生きる人間のディテールをくっきりと描き出さないとダメだ。それにはやはり原作があって、作家の人間を見る透徹した観察力がないと、現象だけでは薄っぺらなものになる。
 今回の作品はどうだろうかと期待と不安と半々で出かけた。
 昔から、私は物欲がない人間なので、損保とか銀行とか、金融機関に就職する人には冷たい方である。「人様のお金を勘定して、どこが面白いんだ!」という偏見を持っている。
 この映画は、その「人様のお金を勘定する人たち」の中でも、人情溢れる勘定の仕方をする人と、経営効率一本やりで冷たく利害だけを追求する人とを書き分け、その顛末をスリリングに描き出している。
 全体に面白かったのであるが、強いて言えば、それぞれのディテールに既視感があったことに不満であった。
 例えば、主人公の1人の生い立ちが中小企業の経営者の息子で、ご多分に漏れず、父親は金策に苦しんでおり、最終的に銀行に融資を断られて経営破綻する。だが、その会社の技術は世界一のベアリングを作る優秀なもので、後々まで、1つのベアリングが主人公の「生きる力」の象徴となるのだ。
 こういう設定は何度か見たような記憶がある。実例が多いのだろうが。
 主人公の2人、山崎瑛(竹内涼真)と階堂彬(横浜流星)は子供の時に出会っている。
 山崎の父親の会社が倒産の憂き目に遭った時である。階堂は大企業の東海郵船の御曹司に生まれ、高級車に乗って移動中に、山崎瑛が飛び出してきて、あわや轢きそうになる。その時に、瑛が持っていたベアリングを拾ってやったのが「坊ちゃま」の階堂彬だった。
 長じて、成績優秀な山崎と、東海郵船の社長になることを拒否した階堂とが、メガバンクの産業中央銀行に同期入社する。
 しかも、新入社員を大講堂に集めたセレモニーで、この2人はそれぞれが班の長として、粉飾決算の模擬裁判(?)を演じで拍手喝采を受ける。つまり、2人が新入社員の2トップとしてスタートするのである。
 山崎はバンカーとして人情派。資金繰りが苦しい小企業の経営者に、難病の娘がおり、彼女の外国での手術代を、別の銀行にコツコツと預金しているのだが、上司の不動公二(江口洋介)にその預金を移動して取られないように救ったために、山崎は福山支店に飛ばされる。
 だが、姥捨て支店でも、山崎は業績を上げて、また東京に呼び戻された。
 一方、身内のしがらみを嫌ってバンカーになり、順調に出世していた階堂は、東海郵船の社長である階堂一磨(石丸幹二)が急死したために、否応なく身内のトラブルに巻き込まれる。下田のホテルを左前にした一磨の弟(ユースケ・サンタマリア)ら。東海郵船の社長になっていた弟の龍馬(高橋海人)は叔父たちに乗せられて左前に加担して火の車。
 石丸幹二さんは『半沢直樹』の敵役で味をしめたのか、ここではコンツェルンのトップとして死の床まで演じる。東京藝大卒の声楽家が、クラシックじゃ食えないとすっかり俳優である。社長とはいえ、一種の汚れ役であるから勿体ない気がする。彼もイケメンなのに。
 最後の山場がくる。
 考え方が人情派と冷徹派で対立していた瑛と彬が、同じ案件で働くことになる。重役コースの可能性のある仕事を振って、山崎も東海郵船案件に知恵を出すのだ。
 ここから後はまだ見ていない人のために、口にチャック!
 笑っちゃったのが、池井戸さんお得意の「土下座」である。
 『半沢直樹』では、香川照之さんが、あの濃い顔で、顔面筋肉を震わせた。
 今回は、否応なく身内のコンツェルンを救うために、バンカーを辞めて社長になった横浜流星くんが、経営失敗のご本尊のくせに、不満たらたら顔の叔父さんたち(ユースケ・サンタマリアほか)の前で、突然土下座するのだ。理由は書かない。
 現代的で爽やかな横浜流星くんの土下座なんて、はっきり言って似合わない。だが、この時に彼が来ている背広がダブルなのは私、気に入った。
 若いけれど、大会社の社長になった階堂彬(横浜流星)が、冷たかった本部長(江口洋介)を説得して、頭取室まで呼ばれる出世をした山崎瑛(竹内涼真も好演)に、遜色のない1流の経済人になった証として、スタッフが選んだのだろう。
 所々の既視感に目をつぶれば、エンタメ経済物語として十分面白かった。三木孝浩監督。
 イケメンちゃんたちに拍手。(2022.8.30.)
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