「長く尾を引いていた『セクシー田中さん問題』について、日本テレビと小学館の報告書が出た。才能ある漫画家の命が消えた悲しい事件であった」

 『セクシー田中さん』というドラマについては、筆者もいささか関りがある。
 株式会社KADOKAWAが発行している『月刊ザテレビジョン』という雑誌が主催している「ドラマアカデミー賞」の選考委員を何十年もやらせてもらっていたからである。
 以前は『週刊ザテレビジョン』であったが、紙媒体の事情が悪くなってから、月刊誌掲載になった。
 その「ドラマアカデミー賞」の2023年10月~12月(第118回)期の優秀作品ノミネートについて、ひと悶着あったのである。
 「ドラマアカデミー賞」は5人の外部審査員と、この雑誌の読者と、編集記者の3者が投票して、各部門で1位2位3位を決めるのであるが、第118回のノミネートの前に、漫画原作者である芦原妃名子さんの訃報がニュースに出た。
 筆者はからきしの漫画オンチで、芦原さんのこともこのドラマを見るまでは知らず、訃報が出た時に初めて、「えっ!」と驚いて、ドラマガイドを見直したほどだつた。
 この第118回の中では『セクシー田中さん』は面白い作品であったので、1位に投票しようと考えていたら、担当編集者からのメールが、なんとなく奥歯にものが挟まった風なのだ。
 「やっぱりか」と忖度してしまい、結局、筆者は『セクシー田中さん』を1位に押さなかったのだ。
  その時点で、筆者は表面に現れたニュース以外に何も知らず、触らぬ神に祟りなし、とばかり、別の作品を推薦した。
 我ながら気が小さいと思うが、漫画の世界に疎いので裏の事情は何も分からなかった。
 雑誌が発行されてみると、筆者が推薦した別の作品は堂々の1位を獲得、恥じることはなかったのだが・・・。
 他の審査員の講評を拝見すると、平気で『セクシー田中さん』に触れていらっしゃる。
 忖度し過ぎで全面カットしてしまった筆者は、居心地が悪かった。
  折角、高評価していたのに、人の死に忖度しすぎて外してしまったことに内心忸怩たるものがあった。
 というわけで、以後、『セクシー田中さん』(日本テレビ)については、神経質にその後のニュースを追いかけてきたのである。
 物凄く端的に言えば、原作漫画の作者が亡くなったのは、作品を連続ドラマ化した日本テレビと、漫画の発行元の小学館と、原作者と脚本家と、この3者の間に齟齬があったことに発する何かによって、原作者の死が起きたらしいのである。
 連続ドラマというものは、原作がある場合、制作に時間と手間のかかるドラマ制作が、原作の最終回を待たずに作られてしまうことがある。 
 『セクシー田中さん』も筆者の芦原妃名子さんが、最後の2回を自分でお書きになることになり、脚本家が降ろされた。
 SNS上で降ろされた脚本家が不満を投稿したことにより、芦原さんも傷ついたのだと考えられる。
 「攻撃したかったわけじゃなくて」と芦原さんが同じくネット上に投稿した翌日、彼女の遺体が発見されたのであった。
 日本テレビは5月31日に、小学館は6月3日に、それぞれ報告書を発表した。
 細部は省略するが、日本テレビも小学館も、当然、自分たちの主張を語り、他者を批判している。
 テレビ局は、「ドラマ作りのプロに任せろ」的な意識が強いし、漫画の出版社は原作者の要望を代弁するべく、「原作に忠実に描いてほしい」的な意向を伝えたと言っているが、脚本家に原作者の考えを伝える調整の役割を果たしていない、とも批判している。
 外部の筆者から見れば、斜陽と言われて久しいテレビ局ではあるが、何といっても紙媒体に載った作品が、テレビ化されると原作まで売れる。
 だから、テレビ局はどこか原作出版物とその出版元を睥睨している。
 高い原作料を払っているんだから、との姿勢も透けて見える。
 その結果、原作者側の切なる要望が、確固としてドラマ化の放送局に、伝えられないのではないのか。
 筆者はかつて小説も書いていたが、ある時に筆を折って批評に転じたので、自分のフィクションがドラマ化された経験はない。
 だが、自分が生み出した小説は可愛いわが子と同じである。
 作品の筋書きを勝手に改変されたら頭に来るだろう。
 筆者だったら絶対に「改変するな!」を条件として提示する。
 だから、『セクシー田中さん』の原作者・芦原妃名子さんが、強く「改変しないで欲しい」と思われていたと感じるし、原作者側の出版社が「脚本家にちゃんと伝えたのか」と不信感をテレビ局に持つのもわかる。
 最後に書いておきたいのは、忖度して、第118回のドラマアカデミー賞で作品賞第1位に投票できなかった『セクシー田中さん』(日本テレビ)の講評である。
 昼間はただただ真面目で地味なアラフォーのOL・田中京子(木南晴夏)が、夜になると変身する。三好というマスターがいる店のステージで、夜な夜なセクシーなベリーダンスを踊るのが彼女の生き甲斐である。スッピンに近くても美しい木南が、夜はメイクをして肢体をくねらせて踊る。男が寄ってこないわけがないが、中身は真面目なOLのまま。
 彼女を慕う後輩の倉橋(生見愛瑠)がひたすら田中さんを推す姿がおかしく、田中さんの妖艶さに比べて、超下手くそなダンスも可愛らしい。
 登場する男性が、これまたどこか半人前で、近頃のみんな同じ髪型のノッペリ美男がゾロゾロ出てくる連ドラに辟易していたので、アラフォーの経理OLと普通の男たちは実に新鮮であった。(2024.6.20.)。
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