「暑い盛りにエンタメ2本。フランス映画『ボレロ 永遠の旋律』とOSKの『夏のおどり』を見てきた」

 「クラシック音楽なんて退屈だ」とソッポを向く人たちでも、「タンタタタタッ・ターン」と音を刻んでゆくラヴェルの『ボレロ』を1度は聴いたことがあるだろう。
 最後の注釈によれば、「15分に1回は世界のどこかで演奏されている」そうな『ボレロ』であるが、フランス映画『ボレロ 永遠の旋律』は、スランプに陥っていた作曲家のモーリス・ラヴェルが、ダンサーの依頼で、呻吟の果てに、人気曲の『ボレロ』を生み出すまでと、成功してからこの曲に自身の人生が侵食されていく有様を描いた映画である。
 監督はアンヌ・フォンテーヌ。主演のジョセフ・モーリス・ラヴェルを演じるのは、ハンサムでいかにも神経質な芸術家らしい風貌のラファエル・ペルソナ。
 彼にバレエの音楽作曲を依頼するダンサーのイダ・ルビンシュタインはジャンヌ・バリバールが演じている。
 丸いステージの中心で『ボレロ』の初演をイダが踊るシーンは、結構、肉体的にはオバサン的ふくよかさではあるけれども、この曲の官能的魅力にはマッチしていて、演奏が終わっての拍手喝采も納得である。
 場面はクラシック曲の初演というよりは、品のいい大キャバレーのステージみたいである。1920年代はこんなだったのだろうか。
 どこか、あのムーラン・ルージュを思い出させる。
 ラヴェルに関する都市伝説(もとい。史実)のいろいろ、例えば、神経質な彼が、演奏会でステージに上がる前に、エナメル靴が間に合わないとダダをこねるエピソード。
 パリ国立高等音楽院の傑出した作曲家であったにもかかわらず、コンクールのローマ大賞に5回も落選したエピソード。
 スペイン系(バスク)のお母様を強く愛していたマザコンだったのに、第1次世界大戦の前線から帰国して駆けつけてみると、母親は重病の床にあった悲しいエピソードなど。
 筆者が見聞きしている挿話が次々に出てきたのだが、不満もあった。
 彼の性癖についてである。
 生涯独身だったラヴェルは、セリフの中で「音楽と結婚した」と語られるが、筆者は勝手に女を愛せなかった男性ではないかと勘繰っているのである。
 しかし、当映画では、ミシア・セルト(ドリエ・ティリエ)という大柄なミューズが登場する。結婚できない相手である。ラヴェルは実際160センチしかなかったから、小男だったし、映画での描き方は、ラヴェルは彼女を愛し続けたが叶わぬ愛だったとしている。
 筆者には、この顎の長いデカ面のミシアのどこがいいのかさっぱりわからなかった。
 大いに不満。女性監督の限界だろうか。結婚できなくてもベッドで愛し合う場面ぐらい描けよ。
 音楽は素晴らしかった。
  開始直後にショパンの曲が流れる。最後の壮大な『ボレロ』も快感である。
 最後の最後にラヴェル自身が『ボレロ』を指揮している場面で、シルエットの男性ダンサーが踊りまくるところは、モノトーンの色彩で、なかなか良かった。ラヴェルの孤独な内面を、「成功したけれど・・・」と言いたいようであった。筆者の勘繰り?
 可笑しかったのはどの国でも芸術家を悩ませる批評家の存在、この映画でも、いかにも小意地の悪そうな批評家が出てくる。笑えた。
 また特筆すべき時代考証では、ラヴェルを始め、登場する男たちがのべつまくなしにタバコを吸っていて、紫煙まみれなこと。さぞかしこの時代は肺癌で死ぬ人が多かっただろうと余計なことまで気になってしまったのである。
 主演のラファエル・ペルソナが「アラン・ドロンの再来」と1部で言われているらしいが、ちょっと待て。
 ドロンは面長、ペルソナは面長とは言えない。けれどもなかなか美形で素敵だった。
 ひと言文句を言いたいのは、試写会は行かない(招待されると提灯記事を書かねばならないから)筆者は、いつものシネコンで当作を上映していなかったので、新宿のkino cinemaを探して行ったのだが、ネットの地図と違っていて頭に来た。炎天下、伊勢丹の先まで歩いてくたくた。ネットで予約して席も取ってあったのに。まあ、1見の価値ある音楽映画だ。

 NHK前期の朝のテレビ小説『ブギウギ』で大人気になった、OSK大阪歌劇団のトップスターである楊琳さんがこの夏に引退する。
 1度見たいと思っていたら、新橋演舞場でたった5日間だけ『夏のおどり』を上演したので見に行った。チケットが手に入りにくくて苦労した。
 『ブギウギ』で福来スズ子と絡んだ翼 和希さんも登場した。
 1部は全てが和風で、昼食後の第2部は全て洋もの、男役が立ち姿も凛々しくてダンスがみんな上手い。「歌の宝塚、踊りのOSK」と巷間言われているだけあり、あまりバリエーションはなくても、一糸乱れぬ踊りは流石である。
 だが、歌の実力はイマイチで、特に男役のソロの音程が余りプロ的ではなかった。
 レビューだから仕方がないか。
 筆者はいつも音楽大学出身のスターが演じるミュージカルなどに慣れているので、自分でいうのは憚られるが、音程に厳しい。レビューは絢爛豪華な衣装で楽しませてくれるのであるから、これでよろしい。
 この歌劇団の売りものの、ラインダンスは期待外れ。何故なら、男役を減らすわけにはいかないので、ラインダンスのお嬢さんたちの人数が少なかった。東京に連れてくる人数に制限があったのだろう。真ん中でちょぼちょぼ。
 退団する楊琳さんたち主役陣が、最後に揃ってトークを展開した。スラリと背の高い楊さんは真っ白な裾の長いガウンを纏って挨拶した。美しかった。このクソ暑い真昼間に、新橋演舞場はほぼ満席の盛況であった。(2024.8.10)。
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