人間を長くやっていると、人間でも会社でも、現在に至る前の姿を記憶しているもので、昔々のフジテレビジョンは、視聴率も低迷していて、「振り向けば12チャンネル(テレビ東京の前身)」と揶揄されていたのである。
1980年代から、お笑いやドラマで視聴率の高い作品を次々に送り出し、1流テレビ局の仲間入りをして今日に至っているが、若い人が以前からフジはトップ企業だったと思っているのは、実は錯覚なのである。
1月17日の民間放送連盟会長の遠藤さんが、記者会見の途中でおっしゃった。
「フジテレビの印象は傲慢であると言われる」と。
これは誠に正しいのである。
何故、傲慢という言葉が出てくるのか。1種の成金さんと1緒で、ビリから2番目の地位に甘んじていたものが、急激にお金持ち(経済も視聴率も)になったために、そっくり返って傲慢になったと言えなくもないのだ。
それがすっかり社風になったのか。
大ヒットのお笑いバラエティ番組、『オレたちひょうきん族』のプロデューサーだった故横澤彪さんは、筆者と同時期のころに同じ大学を出た方なのだが、在学中には全く知らなかったのに、番組で有名になられてから、蕎麦屋の前でいきなり話しかけて来られたので驚いた記憶がある。
つまり、会社の中で、肩で風切っていらっしゃったのだろうか、皆が注目して近寄ってくるので、そういうビヘイビアになるのかとその時に思った。
また別の場面では。
今でも続いていると思うが、フジサンケイグループ広告大賞というコンクールがあって、筆者もある年に審査員の末席を依頼された。
制作者賞という部門であった。
筆者はせっかちなので、こういう会合で遅刻したことはただの1度もない。余裕を持ち過ぎて家を出るタイプである。わが家からお台場までは距離があるので、逆算して何時ごろに家を出ればいいかと考えていたら、フジテレビから電話がかかってきた。
「お車を回しますので・・・」と車のお迎えを下さるというのである。
迎車は遠いいからと断ろうとすると、時間通りに集まっていただきたいのでとか言って、絶対に迎えの車で来いというようなお話であった。
さて、お台場の会社に着いて上階に上がり(何階か忘れた)エレベーターから降りてすぐ、筆者は背中が寒くなった。
チクチクチクッと刺すような視線を感じたのである。
お役目の女性たちが何人もいて、彼女たちが筆者を1瞥したのだが、(女の筆者にしかわからない)侮蔑である。見下げられたのだ。
筆者はその辺のデパートで買った普通の洋服を着ていたのだが、これは全く有名ブランドなどではなかった。ところが、フジ側の女性たちは、皆がみんな、真っ黒に見える、似たようなスタイルの洋服だ。その瞬間に筆者はピンときた!
恐らく、パリの高価な何タラ・ブランドの衣装なのであろう。バカみたいに同じ黒服(断っておくが礼服ではない)である。筆者は腹の中で「カラスの群れだ」と毒づいてやった。
つまり、普通品を着ている筆者は「バカにする」対象なのである。
パリだかミラノだか知らないが、人間の価値は包み紙ではなくて、中身である。
筆者に言わせれば、ここのブランド女性社員は、高価なアチラ物の洋服に身を包まなければ自信が出ないのだろう。どうぞどうぞ、高給取りのお金を使っておくれ。
これはひょっとして筆者の思い過ごしであったかもしれないが、この感覚に関して、筆者は異様にアンテナが鋭い。
選考中にも新参者の筆者には針の筵に思える業界人たちの冷ややかさを感じた。フジのコンクールはそんなに偉いのか!
筆者は長年、色々なコンクールの審査員をさせていただいてきたけれど、不愉快な感覚を味わったのはフジテレビだけである。
またまたある場面の話。
大ヒットドラマの『北の国から』のディレクターに、取材させていただく約束を取り付けてあったので、ある日、時間通りにお台場を訪ねた。
小さい面会室のようなところに通された。
しばらくお待ちしていたら、Tシャツみたいな上着を着て、足にはつっかけの様なサンダルを履き、なかんずく、手には飲み物のビンを持ったアンちゃんみたいな格好の人が出てきたのである。それがSディレクターであった。
卑しくも当方は取材なのできちんとしたアポイントメントを取り、スーツの正装で出かけている作家である。ただのフアンのオバサンではない。
しかも、その有名ディレクターは「お待たせしました」の1言もなく、黙って飲み物を飲み始めたのである。横を向いたままで。
ムカついたがグッとこらえて挨拶した。
しかし、有名Dは、ウともスとも言わず、飲み物を口に運ぶ。
「お待たせしました」の1言もなかった。
流石に筆者はキレた。
あちらが無言なので、こちらも無言のままで、退出した。半日を無駄にしてしまった。
以後、お台場には1度も行ってない。
27日の再度のフジテレビ記者会見をまだ見ないうちに、このコラムを書いている。
筆者のささやかなリアル社員の観察は、会社全体に拡大できる要素があると自負している。会社の風土とは、全体を構成するパーツ(社員など)の有り様から推察できると筆者は思っている。(2025.1.25)。
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