「満蒙開拓団の聞きしにまさる衝撃の事実を映したドキュメンタリー、『黒川の女たち』(テレビ朝日制作)の女性たちの深い顔のシワが物語る」

 うすうす筆者の年齢の者たちは、聞いたことがある。
 国策として満州へ送られた開拓団の人たちが、日本が敗戦した前後に、不可侵条約を一方的に破って旧満州に攻め入ったソ連軍に、女性を差し出して命乞いをしたという史実。
 今回のドキュメンタリーは、長い間語られなかった当事者たちの証言を、真正面から記録している。
 松原文江監督作品。ナレーションは大竹しのぶ。
 筆者は新宿ピカデリー映画館で見た。観客は8割ぐらいの入りであった。
 朝のテレビニュースで紹介されたので、地味なドキュメンタリーが客を集めている。
 いいことである。
 今から80年以上前、岐阜県の白川町の黒川から、国策として満蒙開拓団に650人もの人たちが旧満州に渡った。
 1945年、終戦直後に、敗戦国・日本の団員たちを守ってくれるはずの関東軍は逃げてしまい、2日後に集団自決した部落もあった。
  黒川開拓団は生きて帰りたかった。
  実行されたのは、ソ連軍の将校たちに、結婚していない18歳以上の娘たちを、性の相手として提供し、自分たちの命を助けて欲しいと申し込んだことであった。
  戦地で性欲を溜め込んでいた将校たちは実行した。
  15人の娘たちが人身御供になったのである。
 部屋の床に敷布団だけ並べて敷いて、その上で掛布団もないまま、むくつけきソ連軍の将校たちに彼女たちは犯されたのである。
 しかも、ひと晩に娘1人が4人ずつもの巨漢の相手をさせられた。
 腰が抜けそうな苦痛だったであろう。
 18歳と言えば、当時の娘たちの中には、未経験の生娘もいたのではなかろうか。
 セックスの事後処理として、冷たい水をホースで流し、膣の中を洗ったのだそうだ。
 如何にも女を道具扱いする男社会時代のやり方で、尊厳も何もあったものでない。
 ホースで膣を洗うとは、当時の男たちにも妊娠したら困る意識があったのだろうが、現代のわれわれから考えると、噴飯ものである。
 15人の娘たちのうち、4人が淋病と梅毒で死んだ。
 この事実は長い間隠されていた。
 1つには、彼女たちが性接待で同胞を守ったにもかかわらず、1年後に帰国した故郷では、「汚れた娘」的な偏見の目で、「嫁にも行けない女」と誹謗中傷されたのである。
 2重の苦しみであった。
 先日来、メディアで大騒ぎになった元タレントと、女子アナウンサーとのフジテレビ性暴力事件など、比較にならない程の強烈な犯罪性がある。
 ある意味、国家がやらせたと言えなくもない性暴力である。
 故郷に戻れないある女性は他国に行き、そこで、未開の土地を開墾して、借金もし、苦労を重ねて生きのびた。
 ひたすら沈黙されていたこの性接待のことについて、2013年、満蒙開拓記念館で行われた『語り部の会』という公のイベントで、佐藤ハルエさんと、安江善子さんが、体験を明かしたのである。
 彼女たちの告白を後世に伝えなければと、世代を超えて連帯が生まれた。
 その結果、戦後70年に、黒川の鎮守の森に碑文が建てられ、この歴史が刻まれることになった。
 最初はこの事実を文章にしても、そっくり削られたりした。
 息子の1人は、「性暴力は話すものじゃない。私はそれは偏見だと思う」と語る。
 だから、公にしたのはよかったと言いたいのであろう。
 登場するおばあさんたちは、一様に日焼けした色黒で、紫外線のためか、お年の所為か、顔に刻まれた深いシワが印象的である。
 しかし、彼女たちが自信に満ちて主張する姿は立派であり、只の農家のおばあさんと呼ぶには差しさわりがある。
 大陸からの引き上げというだけでも、筆舌に尽くせない苦労があったはずである。
 筆者の友人の先輩テレビマンは、今の北朝鮮からの引揚者である。
 彼の地で、お医者さまであったお父様がお金持ちであったので、裕福な生活をされていたらしいが、敗戦から引き上げまでのことについては、口を閉ざすのだ。
 生きて帰ってきた黒川の女性たちの引き上げも、過酷なものだったのであろう。
 令和の時代の娘たちは、筆者が呆れるくらい性についてあっけらカーンである。
 育ちにもよろうが、今のカップルは知り合って3分後には、もうホテルに直行しているわよ、と友人から聞いたこともある。
 しかし、昔は処女性を問題にしたし、ましてや、差別用語と断って書くが、「ロスケに犯された女」など、誹謗中傷に苦しめられたのは想像に難くない。 
 ドキュメンタリー『黒川の女たち』全体の印象としては、いささか未整理だと思った。
 作り手たちは人物も前後関係もよくわかっているので、女性やその家族や、関わりのある人たちをアトランダムに並べても理解できるだろうが、初見の筆者には困難があった。
 「はて、このおばあさんと、横のおじいさんとは、どんな関係?」とか、
 「この人とこの人は家族?」とか、
画面で話している人たちの関係もごちゃごちゃしてわかりにくく(断っておくが、筆者は映像批評のプロ50年である)、そこが残念であった。
 ただし、戦後80年にして告白者たちを見せてくれた制作者のご苦労は高く評価するし、若い人たちにもこの作品は見てもらいたい(2025.7.20.)。
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