新しい「遠眼鏡」の始まりです。また、ご愛読よろしくお願い申し上げます。令和8年9月筆

                              

 ちょっと間が空いてしまったが、どうしても書いておきたい方がいる。
 女優の岸惠子さんである。
彼女の訃報が報道された時、サイトの①の終了時と重なったために、書くことが出来なかったので、➁のイの1番に書くことにする。
 筆者は岸さんから、直接30.000円のギャラをもらったことがある。
 あんな大女優さんから、直接お金を頂いた人間はあまりいないだろう。
 さっぱりした方で、秘書とかマネジャーさん経由ではなくて、ご本人が筆者に送ってくださったのである。
 彼女が出演なさっていた『時代気分』?というテレビ番組のSプロデューサーが、畏れ多くも筆者が書くもののフアンでいてくださって、お友達になり、テレビ嫌いの筆者も1度だけS氏の番組に出演したことがあった。
 つまり、S氏を介して岸さんとは共通の友人になったのである。
 あんな大スターはとてもとても、と筆者は後ずさりしていたが、何故か岸さんには関心を持っていただいたのだった。
 映画スターではあっても、多分、岸さんは物書き世界に関心があったのだろうと思う。
 彼女がお書きになった素晴らしいドキュメント、『ベラルーシの林檎』(朝日新聞社)を贈っていただいたのである。
イスラエルやパレスチナや、バルト3国を歩いた感想を、パリジャンらしい目で綴ったお洒落で鋭いドキュメントである。
筆者は吃驚仰天した。
読後感をお送りしたら、突然、彼女から電話がかかってきた。
筆者の手紙の文章を、この本の広告に使ってもいいか、との問い合わせであった。
 「えーっ」。
 驚きはしたが、筆者は深く考えもせずに「どうぞ」とお返事してしまった。
 数日後、新聞に岸惠子さんの『ベラルーシの林檎』などのデッカイ広告が載った。
 出版社は、本が売れていると広告を出すのである。
 筆者がお送りした感想文の中から、『名著である…云々』の文章が取り上げられていて、筆者の名前も書かれていた。
 確かに切り抜いたと思うが、膨大な自分の掲載紙誌の中に埋没して、今ではどこに行ったかわからない。
 その掲載ギャラを大女優さんから頂いたのである。ご本人じきじきに。
 「恐れ入ります」の感慨しかなかった。
 『ベラルーシの林檎』は、ヨーロッパ人と結婚し、あちらに長く住んでいた人にしか書けない本だ。ディテールは忘れてしまったが1気に読んだ記憶がある。 
 筆者が感心したのは、お付きはいたであろうが、欧州大陸の知らない国を取材して歩かれた彼女の大胆さと、「なんでも見てやろう」精神であった。
 つまり、女優さんではあるが、本来彼女はジャーナリスティックなセンスが鋭かった方なのであろう。
 12歳の時に防空壕から抜け出して、木の上で襲来敵機の機銃掃射を目撃したお嬢ちゃんである。幼くして、猛女だったのだ。
 ちょっと話はそれるが、筆者の長兄も、敵機の機銃掃射に会い、操縦士の顔も覚えていると言っていた。
 達弁で面白おかしく話してくれた長兄は、確かに戦時中の学生時代に、何度も命の危機に出会っている。岸さんも兄も撃たれないでよかった。
さて、岸さんが長く出演されていたテレビ番組『時代気分』のSプロデューサーは、岸さんを連れてパリに4回もロケにいらした。
現地で『時代気分』を撮ったのである。
岸さんはワインレッドと言おうか、落ち着いたエンジ色がお好きで、『時代気分』でも、ニットでエンジ色の長いお洒落なカーディガンをお召しだった。
あの、細身のスタイルだから、格別に美しかった。
その、ヨーロッパ編を、残念ながら筆者は見ていない。
 もう1つ岸惠子さんで忘れられないことがある。
 ある日、河田町の喫茶店で、音楽団体の偉い方と打ち合わせをしていた。
 そこに岸さんから筆者に電話がかかってきた。
 切迫したテーマでも何でもなかったのだが、彼女は電話を切ってくださらない。
 音楽団体の偉い方は待っている。
 大女優さんの電話はなかなか終わらない。
 「すみません、今、打ち合わせ中で・・・」と彼女の話を遮れない。
 筆者は焦りまくったが、唐突に電話を切ることは出来ない、先輩に対して。
 婉曲に会談中なので、と言っても、彼女は馬耳東風である。
 周りに支える方が一杯いらっしゃるだろうが、大スターはのんびり雑談も出来ない孤独さがあるのだろうと感じてしまったのであった。
 今思い出しても冷や汗が出る場面だ。
 岸さんは『君の名は』の映画の『真知子巻き』で有名になったと、テレビ報道で言いまくっていたが、ちゃんちゃらおかしい。
 NHKのラジオ放送で、『菊田一夫作・・・』と『君の名は』が大ヒットして、映画化されるとき、岸さんが何と言われたか、若い人は知るまい。
 「あんなウジウジした女は嫌い」という意味のことを、岸さんはおっしゃったのである。
 後宮春樹も氏家真知子も、相手の名前も確かめないで別れるという、筆者に言わせれば「バカ男女」だったのである。
 理知的で颯爽とした岸さんが、なよなよした菊田一夫創作の真知子を好きなわけはなかったのだ。笑。
 『君の名は』の放送では、筆者はサブで登場した綾という気風のいい女が好きだった。
 確か、映画では淡島千景さんが演じられた。
 また、伊藤久雄さんや織井茂子さんら、実力者の歌手たちが歌った主題歌がどれも素敵だったと記憶する。
 後に朝ドラ、つまり、朝のテレビ小説で、美人の鈴木京香さんが演じた『君の名は』を、筆者は気恥ずかしくて見られなかった。
 うんと若いころ、某誌は岸惠子さんにとても意地悪で、彼女がシアンピ監督と結婚してフランスに渡る時も、バカにしたようなキャプションを書いた。
 筆者は岸さんの格別のフアンでもなかったが、「あんなに美しい人を、どうしてこき下ろすのだろうか」と、1読者として不愉快だった。
 昔は今と違って、芸能人を1段下に見る風潮があったからだろうか。
 悠然と大スターを生き抜いて、最後はお嬢様やお孫さんにも看取られず、亡くなった岸惠子さん。多少のご縁があった者として、心からのご冥福をお祈りする。
 1度でいいから。じっくりとひざを突き合わせて、この、才色兼備の女優さんと話し合いたかったと思う。残念でならない。
 (2026、9)合掌。

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