「FIFAワールドカップが始まる。2002年の日韓共同開催、ブラジル×ドイツの決勝戦を、筆者は特等の招待席で観るという夢のような体験をした」

 筆者は無類のプロ野球フアンである。
 勿論、セ・リーグの阪神タイガースフアンである。
 このところ、阪神タイガースは交流戦の成績がふるわないし、切り込み隊長の近本さん、抑えや中継ぎで成績抜群の石井投手ら、怪我人が出て戦力が落ちている。
 先程のニュースでは、あの、穏やかな藤川球児監督が退場になったという。
 踏んだり蹴ったりだ。
 もともと筆者は世界的に大騒ぎになるサッカー競技には、あまり関心がなかった。
 しかし、夢中になれないサッカーが、ヨーロッパなどでは、ピカイチの人気スポーツである。
 数十年前、毎年のようにヨーロッパに行っていた時、例えば、パリのちょっと薄暗い路地の奥にある、ひっそりしたプチ・ホテルなどでは、フロントに、日本の様に大型テレビは置いていない。
 聞こえてくるのはラジオの音である。
 何をつけているかと思えば、大抵はサッカーの試合中継なのである。
 フロントマンは客の相手をしながら、耳はダンボになっている。
 兎に角、わあわあと騒いでいる声が聞こえるが、言葉はわからなくてもサポーターたちの熱量は伝わってきた。
 ヨーロッパでは、オランダなどを除いて、野球は少数派である。
 明日から、今回のワールドカップで、またサッカー熱が燃え上がるだろう。
 そんな、サッカー熱のない筆者が、ワールドカップの決勝戦に招待されたのである。
 2002年である。
 物書きの筆者は、仕事柄、色々な団体とお付き合いがあった。
 「外部アドバイザー」とでも言うか、巨大企業がマスコミで活躍する識者を集めて、定期的に「ご意見を伺う」という体裁の会合を組織していた。
 A社の会合に呼ばれた。
定期的に呼ばれて、ちょぼちょぼ意見を述べて、ご馳走にありつくのだ。
 有名デパートの女性重役、筆者など足元にも近よれない有名作家の曽野綾子さん、当時の東京都副知事だった猪瀬直樹さん、東大教授、熊本県知事、などなど。
 定期的な「だべる会」で「たべる会」をやっていた(笑)。
 そのA社が、2002年ワールドカップの大スポンサーになったのである。
 「ブラジルとドイツによる決勝戦にご招待します」と告げられた。
 当時、サッカーの🈂の字も関心がなかった筆者であるが、世間的には、日本と韓国の共同開催ということで、テレビや新聞では大騒ぎだったから、「へーえ」と思った。
 「ご主人とお2人でいらっしゃってください」という。
6月30日、場所は横浜国際総合競技場である。

 わが亭主もプロ野球の西武ライオンズフアンであり、サッカーの知識は余りなかった。
 当日、まず悩んだのは「何を着てゆくか」だった。
 夫妻で貴賓席同様の特等席に座るのだから、「やっぱり正装して行かなくちゃ」と思うが、世界的な大スポーツイベントなんかに行ったことがないし、A社のお歴々もいらっしゃる席で、ラフな服装はまずいだろう、とか、散々悩んだのである。
 行く前から疲れた。
 結局、夫は紺のスーツにネクタイを締める、筆者はまあまあ物の良いジャケットを着る。
 お席に着いたら、ゴールネットがすぐ前に見えた。
 それより何より気がかりだったのは、夫のスーツ姿。
 同じ招待席に座った方々の内、背広にネクタイはほとんどいなかった。
 招待側のA社のお歴々はスーツで決めていらしたが、呼ばれた方はラフなTシャツ姿が多かったのである。「失敗したー」と思ったが、後の祭り。
 半世紀近く経っても、まだ覚えているから、恥ずかしかったのだろう。
 呼んでくれるのなら、服装も指示してよ、である。
 さて、決勝戦が始まった。
 サッカーに興味が持てなかった当時の筆者は、試合の流れなどさっぱり覚えていない。
 私の偏見は、「サッカーなんてボールを蹴ってゴールに入れるだけじゃないか、野球の様に頭は使わない。肉体反射だ」というもので、サッカーフアンには袋叩きに遭って殺されそうな内容であった。
 また、筆者が気に入らなかったのは、野球は例えば、5対0で9回まで来て、「あーあ、9回の裏だけじゃ6点は入らない」。
観客が「もう帰ろうかなあ」と思っていたところが、その9回裏で、誰かが2点をとり、代わった相手のピッチャーが、コントロールが悪くて四球を出しまくり、満塁にして、次のバッターがポカーン!! ホームランのグランドスラム!
あれよあれよのサヨナラで勝つ、という展開がある。サッカーで1度の複数点はない。
2002年のブラジル×ドイツの決勝戦は、2対0でブラジルが優勝した。
何が印象深かったといって、目の前のゴールネットに、ロナウドさんがボールを蹴りこんで、それをドイツのゴールキーパーのオリバー・カーンさんが阻止できなかったシーン。
テレビでは、ロナウドさんの蹴ったところと、カーンさんのボールが通過した後の、下を向いてうなだれているわずかな場面しか映らなかった。
しかし、目の前でロナウドさんのシュートが成功した後、ホントに長く長く、カーンさんはネットの方を向いて、うなだれていらしたのである。
「負けたーーーっ」というカーンさんの思いが、見る者に突き刺さった。
わずかな時間でちょん切ったテレビ映像はクソくらえ、である。
筆者の珠玉の体験である(2026.6.10)。
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