東京の感染者数が800越えと聞くと、怖くて買い物にも行けない。これまでは食材を買いにデパ地下に行き放題であったが、「新宿、池袋はコロナがウヨウヨだよ」と家族に言われてゾッとした。だから、ここ数日は「いいお肉もいいお魚もない」とブツブツ言いながら、近くのスーパーで我慢している。 特に池袋駅のコンコースは換気が悪いように感じて気持ちが悪い。「歩きスマホをやめろ」とのアナウンスはやっているが、換気に気を配ってくれているのだろうか。 伊勢丹の地下は密密どころか密の3乗ぐらい混みあっている。31日にどうしても行かねばならないので今から憂鬱だ。私たち夫婦は高齢者もいいとこなので罹ったらお陀仏。公共交通機関も乗り放題であるが、夜の街で大勢での飲み食いだけは全くしていない。 年末のすべての予定がキャンセルである。メディアの人たちとの忘年会などは完璧にキャンセル。蟄居蟄居。モグラ状態。 友達とも会えないし、洋服も買わない。お金が減らないけれど、増えもしない。 某審査員としての収入はリモートなので例年の3分の1だ。トホホ。 さて。 という口の下から、この度、小池百合子さんのご命令に反して、出かけてしまった。 今年の10月から新装なった劇団四季のJR東日本四季劇場「春」「秋」が開場して、そのこけら落しに『オペラ座の怪人』が再びかけられたのである。 劇団四季では1988年に日生劇場で創立35周年記念の演目として上演されて大成功を収めているが、今回は自社の専用劇場改装完成のこけら落しである。 若者が押し掛けるミュージカルに出かけるのは怖いが、恐る恐る「秋」劇場に行った。 山手線浜松町駅から少し歩いて着く。改装前に何度か行った記憶はあるが何を見たのか全然覚えていない。 年がばれるが、劇団四季と言えば、浅利慶太さんが慶応大学の学生だった時、俳優の石坂浩二さんたちとミュージカル劇団の構想をもち、立ち上げたのが劇団四季だった。わが大学仏文科の同級生に劇団マニアがいて、「今度の劇団はミュージカル専門の日本で初めての団体よ」と教えてくれた。その時はピンとこなかった。何しろ古典音楽鑑賞会というサークルのボセス(?)だったので、ミュージカルなど眼中になかったのだ。 それからずいぶん時間が経って、まだ、新宿の南口がぐじゃぐじゃの頃、あそこにテントの劇場が出来、そこで、劇団四季の大々的な旗揚げ公演として『キャッツ』が上演された。1度書いたと思うが、その『キャッツ』公演に山藤章二さんの奥様が招待してくださったのである。特等席だったので、芝居の途中でステージの猫が、私めがけて走りおりてきたのでビックリした。こんな演出はそれまでの日本にはなかったからである。 それからまたずいぶん時間がたってから、ある経済紙に連載していたコラムに、浅利慶太さんのことを取り上げた。彼が戦中派で、3部作と称して、『南十字星』と『李香蘭』と『異国の丘』を演出したのだが、その中の『異国の丘』を見に行って、彼の後世に伝えたい戦争の悲惨を和製ミュージカルに仕立てる情熱を高く評価した。 後日、浅利さんからとお礼のご招待を受けた。毎回お呼びしますと言われたが、私は忙しいし、呼ばれて伺わないのは失礼にあたるので、慇懃にご招待はお断りした。だから、今回の再演だって自腹である。 今回の『オペラ座の怪人』は「『オペラ座の怪人』は凄いらしい」という劇団のキャッチコピー通りの凄さだった。実に1流の舞台で、先日の『プロデューサーズ』とは大違い。 劇団四季はスター制を取らず、主役でもほとんど世間的には無名の俳優がダブルキャストやトリプルキャストで演じる。今はメディアでも有名な石丸幹二さんや山口祐一郎さんらのように、スターになったら退団させられる(?)らしいと聞いたことがあるが、これは都市伝説の部類か? 今回私が見たのは、『オペラ座の怪人』の哀しい悲恋の人・ファントムが岩城雄太さん、ラウルが光田健一さん、クリスティーヌが海沼千明さん。3人とも素晴らしかったが、中でも岩城さんの哀愁、海沼さんの目を見張るように美しいソプラノが凄かった。 とにかく舞台美術が絢爛豪華で、19世紀のパリ・オペラ座はかくありなんと感じた。パリ・オペラ座はガルニエ宮のことである。20年近く前に、このオペラ座でアメリカの劇団のバレエ公演を見たのだが、タイトルも忘れてしまった。4、5人の群舞で、真ん中の1人が「コテッ」と転んだ。私は演出かと思ったが、周囲の客がクスクス笑うので、あれは失敗だったのだ。タイトルを忘れても演者が失敗した場面だけは覚えているから舞台は怖い。 万人が知っている『オペラ座の怪人』の作曲者はアンドリュー・ロイド=ウェバーである。彼の作品は、20年ぐらい前のロンドンで別のミュージカル作品を見たのだが、これまたタイトルも話の内容もすっかり忘れてしまった。何しろオール英語(当たり前だ)なので、内容が完璧にはわからず、頭に入らなかったのである。 ロイド=ウェバーの作品はメロディが美しい。分かり易いのに通俗的ではなく、品がいい。開幕直後のファントムのテーマとも言えるパイプオルガンの轟音(!)がド迫力である。 パリ・オペラ座の地下深くにある湖の奥の隠れ家に住んでいる孤独な怪人・ファントムが、美女をみそめる。次の舞台で、主役が降りてしまった後、コーラスガールの中から次の主役に選ばれたクリスティーヌである。彼女の美声に関心を持ち、やがて彼女を愛するようになった怪人は、彼女と幼馴染のラウル子爵との逢引に嫉妬し、劇場に様々な難癖をつける。 元々はフランスの怪奇小説だった作品を、切なくも哀しい愛の物語に仕立てたのがこのミュージカルである。最後の場面で、クリスティーヌを自分の方に向けさせられなかった怪人は、1人隠れ家に戻り、黒いマントをすっぽりとかぶる。 そのマントをはねのけてみると、ファントムの醜い左半分の顔を覆っていたマスクだけが下に落ちていた。顔は醜くても心は純粋だった怪人。 余韻のあるフィナーレで、悲恋の主、孤独な闇の世界に住んでいたファントムは、恋にも破れ、1人、湖の彼方に沈んでいったのだろう。(2020.12.21) (無断転載禁止)