「『ボストン市庁舎』(CITY HALL)はM.ウォルシュ市長の壮大なPRのようでもあり、大都市のあらゆる側面を活写した傑作ドキュメンタリーでもある」

  何しろ上映時間が4時間34分という長尺である。
  間に10分間の休憩があるとはいえ、長かった!
  1930年生まれのワイズマンは今年91歳である。このドキュメンタリーを撮ったのはコロナの前であるが、それでも相当な高齢になってからである。凄い監督である。
  とにかく、市長を始め、ボストン市庁舎の職員たちや、いろいろな会合での参加市民たちのよく喋ること喋ること。見ているだけで疲れる(笑)。
  市長があらゆる会合で集まった市民たちに語る演説は、ほとんど息継ぎが出来ないくらいの立て板に水調で、よくもまあ、こんなに淀みなく喋れるものだと感心する。フランス人はお喋りだが、アメリカ人もよく喋るのだ。
  演説台に一応ペーパーらしきものは置いてあるが、1回も市長は目を落とさない。自分の頭で考えた内容を説得力豊かに伝える。どこかの前総理大臣なんか、下のペーパーばかり見ていて、たまに顔を上げる体たらくだった。つまり、官僚が書いていて、本人が下書きを作っていなかったんじゃないのか?
  改めて解説すると、映画『ボストン市庁舎』はドキュメンタリー映画作家のF.ワイズマンが、自分が周辺で育った東部の大都市・ボストン市役所のあらゆる部署についてじっくりとカメラを据えて(市民たちと市長以下の職員たちとの会話)を撮り続けた映画である。
  ウォルシュ市長は労働階級出身のアイリッシュ系移民の血筋、1967年生まれというから50歳ちょっとである。それにしては堂々たる市長さん。この映画の後で2021年3月に退任して、今はバイデン政権の労働長官だそうである。
  ドキュメンタリーであるからして、ストーリーはないように思えるが、それがそうじゃない。行政の各部署と市民との関りを個別に撮っているだけなのだが、見終わって気が付くのは、ピンからキリまで、つまり、富裕層から貧困層まで揃った、大都会の問題を独特の饒舌な切り口で示してくれる今日的な物語になっているのである。
 東部のインテリが住んでいる大都会、近郊にかのハーバード大学がある街、小澤征爾さんが桂冠指揮者になっているボストン交響楽団のある街、などと私はボストン市のイメージを勝手に考えていたが、間違っていた。
  私はアメリカの西部にしか行っていないので、ただひたすら「ハイブラウな街」とボストンのことを想像していたのは誤りであった。
  終りの方では、貧困層が住んでいる地域の住民が、大麻ショップの出店に関して、申請者の韓国系男性に、実に鋭い質問を投げかけるシーンがあったりして、アップ・トゥー・デイトな切実さを浮かび上がらせる。住民の女性たちは、「治安が悪化する」と怯えている。
  同じく、終りの方で身につまされてみたのは、借家に住んでいる中年の男性が、ドブネズミに悩まされていると市役所職員に訴える。
  借家の老朽化によって、下水道との間に穴が開いているのではないか、そこから凄いドブネズミが入ってくる、と男性は訴える。市役所職員は丁寧に話を聞き、原因追及を一緒に考える。決しておざなり回答ではなく、「はい、わかりました、これとこれは報告しておきます」と即座の対処を約束するのだ。
  考えてもみよ。私の住んでいるX区の区役所から、借家の台所にドブネズミが出て叶わん、と訴えて、区の職員がバインダーを抱えて話を聞きにきてくれるか?
  ありえない。自分でやれ、と、バカにされるだけだ。
  小さな田舎町ならいざ知らず、ボストンのような大都会で、この市役所職員たちのきめの細やかさは驚く。白人、黒人、スペイン系、アジア系、もう様々な人種の入り交じりでも、市役所職員は偏見をもたずに対処している。感心する。
  一応、STORYと書かれたパンフレットの項目見出しを羅列すると。
  <電話窓口> 市民からの電話に職員が応対している。道路の補修、野良犬の通報、停電の問い合わせetc.
  <警察との会議> <市の予算>
  <結婚式> 今時らしく、見た目は女同士の同性婚である。
  <祝賀パレードへの呼びかけ> ボストンだからレッドソックスの地元。ワールドシリーズで優勝したのでパレードをやる。警察署長と市長の2人が市民の協力を呼び掛ける記者会見である。
  <立ち退き防止策の検討> <高齢者支援会議> <ボストン警察署> 
  <企業との温暖化対策> <建設現場> <若者のホームレス問題>
  <ゴミ回収> 何が驚いたといって、デーッかいゴミトラックが飲み込む凄さはやっぱりアメリカだ。スケールが違う。
  日本だと絶対にもって行ってくれない粗大ごみ。ダブルベッドのマットや、木と発泡スチロールで出来た一間ほどもある高さの棚(?)まで、ゴミトラックの後ろの口から、ゴゴゴーッと食っちゃうのである。
 まだ半分も書けない。中にはホロリとさせる<駐車違反切符に対する訴え>妻の初めての出産で動転した若い夫が、切符を切られるが、市の担当者の配慮で違反切符の免除を勝ち取り、笑顔!
  <ラテン系女性に同一賃金を>では、アイリッシュ系市長が自分の過去を語る。
 通してみると、F.ワイズマン監督の言わんとするところは「差別撤廃」。人種差別、男女
 差別、あらゆる差別を斬る。ボストン市民の6人に1人が食糧難に苦しんでいるそうで、市長はフードバンクで演説する。また、彼は会食の場で自ら参加者の料理にドレッシングをかけて回る。日本の市長さんでこんな人がいるだろうか。
  私がちょっと残念だったのは、ボストン大学は出てきたが、ボストン交響楽団は出てこなかった。しかし、「ボストン市役所職員たちの公僕」ぶりは素晴らしい。
  ニッポンの公僕たちももっと市民の方を向いてちょうだい。(2021.11.22.)
                                            (無断転載禁止)