パリからTGVで3時間の距離にあるグルノーブル警察で、引退する殺人捜査班トップのお別れ会が署員たちによって賑やかに行われていた2016年10月12日の深夜。 山間のサン=ジャン=ド=モーリエンヌの町で、21歳の美人女性、クララ(ルーラ・コットン・フラビエ)が、友人宅でのパーティからほろ酔いで帰宅する途中、公園で突如、黒服の男に名前を呼ばれた。 振りむいたクララは、いきなり上半身にガソリンをぶっかけられ、ライターで火を放たれて、生きたまま焼き殺されたのである。 転がった死体の下半身はむっちりした若い女の短パン尻と白い脚が綺麗なままで、上半身は黒焦げの無残な姿であった。 事件直後の映像が印象深い。 第10回の冬季オリンピックが開催されたグルノーブルは、背景に高い山が連なる。 その手前の幹線道路の、右から左に車がぶっ飛ばしてゆく。 見ているこちらは、「あの和気藹々の刑事たちの送別会が、この1報でぶっ飛んだんだな」と感じて、身を乗り出すのだ。 引退した先任者に代わって、若い刑事のヨアン(バスティアン・ブイヨン)が班長になる。 彼は刑事という仕事の鬱屈をあることで中和させている。 最初に出てくるのだが、ヨアンは自転車競技のサーキットで、非番の時に自転車に乗って全速力で走る、走る。 つまり、汗を流すことによって、陰惨な事件も扱う殺人課刑事という重い仕事のストレスを晴らしているのだと思う。 このヨアンについては、性格や日常を表す場面が後の方にも出てくる。 相棒になる初老の刑事、マルソー(ブーリ・ランネール)は妻と上手くいっていない。自分とは子供が出来なかったのに、若い男と浮気してたった3カ月で妊娠して出て行ったので、憂鬱な顔をしてヨアンの家に呼ばれて来る。 ヨアンは「トイレでおしっこを飛ばすな。警察署のトイレは汚い。家では座ってやれ!」とまで言う。結構、神経質なんだと見ているこちらは感じる。 ハリウッド製のアクション、アクション、追っかけやカーチェイスなど、パワフルなサスペンス映画とはまるっきり違う。 人間心理を襞細やかに描く。 さて、ヨアンとマルソーは、初めにクララの両親も住む家を訪ねた。 母親は「クララが死んだ」と聞かされて半狂乱になる。 それから、2人の容疑者行脚が始まるのだが、クララは美人だけに男にモテた。 モテただけでなく、彼女自身も奔放な性格で、男遍歴が凄く、セフレ(セックスフレンド)が目まぐるしい。 クララが訪ねていた親友のナニ―(ポーリーヌ・セリエ)は、クララが好きで、刑事がちょっとでもクララのことを批判的に言うと、庇う。女同士の愛がよく出ている。 聴取の時にヨアンに問い詰められたナニーは、「クララは被害者なのに、まるで悪いことをしたように言われる」と泣いた。彼女に言わせると、クララが殺されたのは、「彼女が女の子だったからよ」と。ジェンダー時代直前でも、まだまだフランスでも万事、男が女を見下ろしている時代なのである。 怪しい男を2人の刑事は次々に調べる。 バイト先のウェズリー。ボルダリングジムで知り合ったジュール。「彼女を燃やしてやる」とラップで自作の歌詞に書いた元恋人のギャヒ゛。 本命だと思った男たちは、みんな完璧なアリバイがあった。今はスマホで所在確認が簡単にできるのだ。時代は変わった! さらに、捜査本部に事件のライターと思しきものを送りつけた菜園の男・ドニ。 事件場所に血の付いたTシャツが置かれていて、DNA鑑定でヴァンサンという男の容疑者が出る。ヴァンサンは態度がふてぶてしいので、マルソーがぶん殴ってしまい、マルソーは異動させられ、捜査も打ち切られてしまった。 つまり、迷宮入りである。未解決事件となった。 日本は検挙率が高いが、フランスでは約20%もが未解決なままだそうだ。 この映画は実際に起こった未解決事件をペースにしている。見ている当方は、「と言ってもフィクション化して、最後は犯人を匂わせるのではないか」と筆者は思っていたが、とんでもなかった。正真正銘、未解決のままで終わるのだ。 マルソーが異動させられてから3年が経ち、ある日、ヨアンのところに女性判事から連絡があり、この事件の再捜査を求められる。 今度は、捜査官が男だらけだった殺人課に女性刑事が入る。時代が少しずつ変化してゆく。 10月12日にヨアンと女性捜査官は、クララの墓前にカメラを仕掛けて、息をひそめる。 髭を蓄えた若い男が現れるのだが、その男はクララの墓に跪いて何かを呟く。 犯人か! この男は精神科に入院していた過去のある妄想癖の人物だった。 事件はまたもや未解決のままなのである。 現実世界はこうなのだろう、と筆者も思う。 最後にヨアンは自転車を漕ぐのをサーキットから出て公道をはしる。 異動させられたマルソー宛にヨアンはメールを書いて、今は外の坂を自転車で登っていると伝える。 未解決事件が解決した時に、ヨアンの自転車も坂のテッペンまで登り切れるのであろう。 余韻のある終わり方だが、見ている方は釈然としなかった。これから見る人には申し訳ないが、作り手の意思が<未解決事件>なのだった。(2024.3.30.)。 (無断転載禁止)