「関テレお得意の人間の憎悪と逡巡を描く、『あなたを奪ったその日から』(フジテレビ)は怖いドラマである」

 若手女優の中で、飛び切り美人である北川景子さんが、子供を誘拐する。
 まだ2回しか見ていないが、関テレ制作らしい屈折した物語だ。  
  人間の憎悪が、普通の人であった市井の女性の影の部分をうごめきださせて、あばき出し、悲劇の連鎖が起こる。
  中越紘海(北川景子)は保育園の調理師をやっている主婦であったが、3歳の娘に食べさせたピザが、エビによるアナフィラキシーショックを起こして、娘は突然死する。
  エビの表示はなかった。
  この事件で夫の皆川景吾(高橋光臣)とも離婚し、紘海は毎日暗い顔で鬱々過ごしていたが、ある日。
  ピザを売っていたYukiデリ社長の結城旭(大森南朋)の、記者会見と笑顔の映像を見た。
  娘の死以来、ピザ屋を恨んでいた紘海は、つい、結城社長の自宅近くに車で行ってしまう。
  この所の演出は少し間が抜けている。
  何故なら、真昼間に誰が見ているかもわからない中、心の中に真っ黒の塊を抱えた紘海が、結城家の近くの道路に堂々と白い車を止めるのだ。
  今時、闇バイト事件ニュースの数々を見てもわかるように、街中には至る所に防犯カメラが設置されている。
  多少の気後れがあるはずの紘海が、こんなに目立つところに車を止めるだろうか。
  物陰の路地にでも停車して、歩いて社長宅に近づくのではないか?
  それが証拠に、結城家の長女、梨々子(平祐奈)の家庭教師である玖村毅(阿部亮平)は、「家の近くで不審な女を見た」と疑っていて、家族に証言する。
  この長女・梨々子の描き方は面白い。
  思春期らしく父親も冷めた目で見ているし、家庭教師には逆セクハラまがいのセリフを吐いて、玖村も逃げ出そうとする。
  次女で3歳の萌子が紘海の知らぬ間に、紘海の車に乗り込んでしまう。
  なーるほど、家の近くに止めないとこの場面が成り立たないのだナ(笑)。
  そのまま紘海は萌子を連れて帰る。
  はっきり言って幼女誘拐の大犯罪である。
  しかも、自分の娘をショック死させた社長の娘だと、萌子を手にかけようとするが、どうしてもできない。
  それどころか、母親の顔を知らない萌子は紘海を会ったことがなかった自分の母親と勘違いする。
  それに乗じて紘海は、自分のことを「お母さん」と呼ばせる。
 また、萌子のジャンパーとお気に入りの靴を、彼女が寝ている間に海に捨てに行く。
 幼女がいなくなったと大騒ぎになり、結城家に警察がやってくる。
 海から上がった萌子のジャンパーと靴について、警察が誤って海に落ちたのではないかと父親に言うと、結城旭(大森南朋)は憤然として、「娘は絶対に1人で海に行ったりはしない」と言う。
 しかし、旭が次女失踪事件で疲労困憊していると、長女の梨々子は父親に「因果応報だ」と冷たく言い放つ。第2回にして、この家族も黒い塊を抱えているらしいと思える。
 萌子に帽子をかぶせ、自分も黒い野球のキャップを目深にかぶった疑似母子の2人連れが、人の目を気にしながら街中を歩く場面は、鋭い演出で見ている方もハラハラする。
 特に交番の前で、萌子に1人でお巡りさんに話してこいと諭すところ。
 内心の葛藤、亡きわが娘のように、萌子に愛情が湧き始めた紘海と、幼女のやり取りで、子役のトボけた応答が見事である。
 北川景子さんは、以前より顔が痩せて、この役での恐ろしいシチュエーションの母親を過不足なく演じている。
 大森南朋さんと、筆者は以前、業界人のパーティで会い言葉を交わしたことがある。
 無口な方だった。有名俳優のご子息だけに演劇エリートなのだろう、悠然としていた。
 屈折した役柄が似合う方である。
 近頃、わが国も犯罪が多発しだしたと思うのは、筆者だけだろうか。
 特に、刹那的な暴力事件が多くて、油断できないと心配になる。捕まった容疑者の名前が外国人の場合が目立つし、電車の中も外国人だらけである。
 この作品はこわごわと終りまで見ることにする。
 さて。
 もう1つ、ドラマ音楽について述べたい。
 『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』のテーマ音楽を作曲しているのは、アメリカ出身のジョン・グラムさんであるが、この方のインタビューを読んだ。(毎日新聞4月19日夕刊)。
 浮世絵からインスピレーションを得たというが、ハンガリーの民族楽器(ツィンバロン)を使っているそうで、道理であまり聞かないサウンドだと思った。
 東洋的でもあり、西欧的でもあり、何という楽器であろうかと気になっていた。
 昔々、名作映画の『第三の男』が封切られた昭和の時代に、あの、独特の音楽を奏でる楽器は何じゃ、と大いに話題になった。
 洋画マニアだった筆者は、『スクリーン』とか『映画の友』とか、映画情報誌を食い入るように購読していたので、『第三の男』の劇伴はツィターであると知っていた。
 実に典雅にして明るいのに、どこか人を揶揄しているような翳があって、ツィターただ1つだけの演奏に決めた人は天才だと思ったものである。
 ジョン・グラムさんの大河の劇伴も、なかなかユニークで素晴らしい。最初は平凡だと思っていたが、毎回細部まで気を付けて聴くと、贅を凝らした音楽であるとわかる。1年弱、しっかり楽しみたいと思う(2025.4.30.)。
                                   (無断転載禁止)