数年前まで、NHK交響楽団のサントリー定期演奏会の会員であったので、月に1回はサントリーホールに通っていたのだが、あそこはわが家から行きにくいので、辞めてしまった。 その代わり、近頃はバスだけで行ける西新宿のオペラシティ・コンサートホールに赴くことが多い。 東京交響楽団の2025年8月、東京オペラシティシリーズ第146回演奏会のチケットを、長い付き合いの友人から頂いたので、過日、土曜日の午後に聴きに行ったのである。 曲目は大曲の2つ。 〇ラフマニノフ作曲、ピアノ協奏曲 第3番 ニ短調 op.30 〇ベルリオーズ作曲、幻想交響曲 op.14 実にスッキリしたプログラムで、いずれも筆者は大好きな曲ばかりである。 指揮者はマカオ生まれのリオ・クオクマンさん。バトンテクニックにも優れたスタイリッシュな指揮ぶりである。 ピアノのソリストはハオチェン・チャンさん。 筆者はヴァイオリニストやピアニストの情報を集めるコレクターではないので、ハオチェン・チャンさんがどれほど有名なピアニストか、さっぱり知らなかった。 2009年のヴァン・クライバーン国際コンクールで、史上初のアジア人優勝者になった方で、世界的に大活躍らしい。 さほど大柄でもなく、どちらかと言えばお地味な青年で、東京交響楽団のコンマス(コンサートマスター)さんより小柄である。 あ、ひとつ蛇足。東京交響楽団の別の某コンマスさんは、わが家の上の階に住んでいらっしゃって、先日、ゴミ捨て(!)に行く時に奥様に出会った。 それはさておいて。 ハオチェン・チャンさんは、ものすごいテクニシャンである。 あの、あらゆるPコンチェルトの中の、1番の難曲といわれるラフマの3番だが、チャンさんは難曲と格闘している風がない。恐らく何万回も弾いているからだろう。 ネットにはいろいろ悪口が書かれているが、筆者は子供の頃、自分でピアノを弾いていたので、大演奏家たちを貶す気には全くなれないのである。 昔々、中村紘子さんが、「ラフマの3番はオタマジャクシが2万個もあるのよ」と言っていたぐらいの大曲、暗譜だけでもとんでもない作業である。 いつかの日本音楽コンクール本選会で、優勝した某青年が、やはりラフマの3番を弾き、筆者は丁度ソリストの頭の真上の席だったので、ものすごい指の動きに感心した。 それぐらいの難曲だが、ハオチェン・チャンさんは、1楽章の初めこそ肩に力が入っていたが、暑いのか白いハンカチで顔を拭きふき始めてからは、曲を飲み込んでいた。 決してコンクール猛者というテクニックをひけらかす感じではなくて、むしろ繊細。 まだ、一所懸命な学生さんという雰囲気もあって、やっぱり、東響の定期コンサートに呼ばれるというのは、相当なハイブラウな仕事と認識しているのだろうと、筆者は勝手に想像してしまった。 ラフマの3番はメロディが美しいだけでなく、全編を通して伝わってくる哀愁と豪胆の対比が凄い曲であるが、ハオチェン・チャンさんは、余り極端には弾かなかった。 弾こうと思えばいくらでも劇的に大胆に陰影をつけるテクニックがあるのだが、案外大人しく知的であった。 コンクール覇者によくある大音響もなく、おとなしく洗練されている。 好感が持てた。 さて。 ここで思い出すのは同じく中国人のユンディ・リさんである。 2000年のショパン国際ピアノコンクールで、わずか18歳で優勝した時に、日本で凱旋リサイタルを開いた。 サントリーホールの特等席に筆者も座ったのだが、隣の席は仲良しの音楽評論家、青澤唯夫さんだった。コンサート会場でいつもいつも、キョロキョロニコニコしている彼が、ユンディ・リさんのオールショパンの演奏が終わった途端に、私の方を向いて、のたまわった。 「中華ラーメンだね」だって。 それも小声ではなく、結構大きな声でニコニコしながら言ったのだ。 周り中にまる聞こえ。 筆者はハラハラしたが、確かに、つるつるつるっとラーメンをすするがごとく、表情に抑揚がなく、「言い得て妙だ」と筆者はお腹の中で噴き出したのだった。 リさんの現在がどうなっているか全く知らない。 しかし、このハオチェン・チャンさんといい、ユンディ・リさんといい、中国人ピアニストの大活躍はめざましい。 日本人にも世界的に有名な男の子のピアニストが束になって出てきた。頑張れ。 終りに、当日の東京交響楽団に触れなければならない。 第1印象は「女性が多いな」。第2印象は「上手くなったな」。 ウン十年前、筆者は大谷康子さんがトップコンマスの頃、足繁く聴きに通ったので、多少は詳しいのである。 会場は8分(?)の入り。 筆者も友人からチケットを頂いたので、恐らくサポーターの方々から、筆者のように譲られて聴きに来ている人も多いはず。 でも、観客の1人として、お客様が一杯なのは嬉しいし、楽団の努力も立派である。 往復共にバスで座っていけるオペラシティはこれからも通いたい。オペラシティが出来た時の悪評は筆者が打ち消してやるからな(2025.8.10.)。 (無断転載禁止)