2022年1月10日のお昼過ぎに、都下の、あるコンサートホールの手洗い所で、オミクロン株が怖いので、セカセカと手指の消毒をしていた時に、スマホ画面に電話着信履歴があるのに気が付いた。 コンサートが始まるのでスマホをサイレントにしていたから、着信に気が付かなかったのである。慌てて電話をかけなおすと、新聞社からの馴染みの記者の取材だった。 「『鎌倉殿の13人』をご覧になりましたか」と記者。 「見ました見ました」と私。 音楽会の開演時間が気にかかる。 「締め切りは何時ですか」と聞くと、「夕方なんですが」 あ、それじゃだめだ、今答えないと。それから短い時間で、早口に鎌倉殿の感想を述べた。 家にいればじっくりと答えられるのにと残念だった。 片手をハンカチで拭きながら、片手でスマホを耳にあてて、バタバタと答える。新年早々滑稽な物書きである。この記者は優秀な方であるので、多分、私の細切れの感想でもしっかり纏めてくれるはずだ。 さて、三谷幸喜さんの脚本は大人気だそうだが、彼が描いたかつての『龍馬伝』はあまりにも歴史の改竄が酷かったので、私は認めなかった。まるで『ドラえもん』のどこでもドアのように、幕末の志士たちが、ひょいひょいと日本のあちこちに出没する脚本にアタマに来たのである。昭和30年代でも、特急で東京―大阪間が何時間もかかったというのに。 今回の鎌倉時代は、ある意味で描きやすいと思う。歴史の隙間に三谷さん特有の奔放な想像力を働かせる余地があるからである。 そこで、第1回目だ。 思ったよりずっと真面目・まともだと思った。 ただ1つ、気になったのは、北條義時(小栗旬)の姉である北條政子(小池栄子)が、大好きな匿われ人の源頼朝(大泉洋)の前に出没してデレデレする。 その時に言ったセリフ。「つき合ってたかもよ」だって。 これは令和時代のあまり育ちのよくない娘が使う言葉遣いだ。鎌倉時代の武家の娘がこんなはしたない言い方をするか? 多分、これは三谷さんが確信犯である証拠だ。800年前の言葉は使わないまでも、日本語の素養が極限まで下落した今時の若者たちに見てもらいたい一心で、わざと令和言葉を使っているのだと思うが、どうもなあ。 まあ、それは置いといて。 拾いもの(失礼!)は源頼朝役の大泉洋さんである。 紅白の司会や大河ドラマの準主役など、大泉さんはNHKにモテモテだ。 大泉さんは2枚目半の印象がある俳優さんであるが、今回の源頼朝は歴史上の曲者である(私の勝手な解釈であるが)。 鎌倉幕府を開いた傑物だが、幼い時から流罪にされた複雑な人間関係の中で育ち、恐らく、人間を真っすぐには見られない環境で育った武士に違いない。だからこそ、後に異母弟の義経まで討ってしまう悲劇が起きる。 子供の頃、私は日本史の中で、源頼朝が1番嫌いなキャラクターであった。それは、日本の公的教育の中で、「義経に対する判官贔屓」が刷り込まれていたからで、長ずるにつれて陰険とされた頼朝の複雑さは、むしろ、人間の面白さに通ずるものだと思い直した。 その頼朝が準主役である。 誰が演ずるのかと興味を持っていたら、なんと、あの、どちらかというとコメディキャラの大泉洋さんだと! 見てみて、私は驚いた。この方を選んだスタッフは慧眼である。 大泉さんがなかなかいいのである。 ただ、こちらから描く人物の1人なので、そうそうワルには描けない。 その時にどうするか。三谷さんには計算があるはずだが、善人には描くなよ。 鎌倉に関して、私は思い入れが強い。かつて私を抜擢してくださった「新潮社の天皇」と言われたご重役の斎藤十一氏が、鎌倉在住でいらして、今も建長寺の中の回春院に眠っていらっしゃる。私は足を向けて寝られないのだ。 「俺の墓は漬物石でいい」とおっしゃった通り、彼のお墓には漬物石に似た丸石が置かれてあるし、彼が抜擢した有名時代劇作家を睥睨するように高い所に祀られている。 また、私の大学時代の親友が2人も鎌倉在住であるし、亡夫のお友達だった自動車会社の有名ドライバーも鎌倉に住んでいらした。 切り通しの故事も怖いし、鎌倉に関しては尽きない興味があるから、大河ドラマで鎌倉時代は当たらないと言われても、私は見るつもりである。 主役の北條義時を演ずる小栗旬さんは贔屓の役者である。グリコ森永事件を描いた映画の『罪の声』で、印象的な主役を演じた。近くはTBSの連続ドラマ、『日本沈没』で若き官僚に扮して活躍した。しかし、第1回だけではまだ評価できない。 他の役者では、北條政子の小池栄子さんが引っかかる。先述したように、チャラチャラした令和娘のように演出するのは違和感がある。恐らく、八重姫(新垣結衣)との対比のためにわざと蓮っ葉に描いているのだろうが・・・。 また、ナレーションの長澤まさみさんも、ちょっとなあ。 ジェンダージェンダーで女ナレーションって、ちょっと分かり易過ぎないか。低音の、正統派男性アナウンサーの声で聞きたかった。なんかボソボソと暗い。 音楽(エバン・コール)は通俗的だが、甘口エンタメで若者には受けるだろう。終りの方でクラシックのオケ曲『ドヴォルザークの新世界』を編曲して使ったのは安易すぎる。 まあ、兎に角、義時さん、頑張っておくれ。昨年の『青天を衝け』が余りにつまらなくて挫折したので、今回は最終回まで見られますように頼むわ。(2022.1.11) (無断転載禁止)