「新作映画『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』はロバート・デ・ニーロとレオナルド・ディカプリオ、2大スターの意外な姿を堪能する映画である」

 意外な姿とは、ハンサムを売り物にしている、あのレオ様ディカプリオが、無職の平凡で頼りなさそうなド中年太りの青年(?)で終始すること。
 初老男性のセクシーさと、知的な内面をうかがわせる、筆者に言わせれば世界一の紳士・ロバート・デ・ニーロが、こともあろうに、皆に慕われる顔役かと思ったら、実は裏の顔があって、恐ろしい殺人指令者であったこと。
 監督は名匠のマーティン・スコセッシである。
 なんとまあ、長尺も長尺、3時間26分もの長―い映画なのだが、例えば『風と共に去りぬ』などのように、真ん中に休憩は入らない。ぶっつづきの3時間以上!
 筆者は何の痛痒もなく見られたが、途中でトイレに行くらしい人もいた。
 『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』には大ベストセラーになった原作がある。
 『花殺し月の殺人 インディアン連続怪死事件とFBIの誕生』というノンフィクションである。
 筆者はこのノンフィクションは読んだことはないが、100年前、つまり、1920年代のアメリカ合衆国、オクラホマ州に住んでいた先住民族のインディアン・オセージ族の苦難の歴史が描かれている。
 大昔、映画が大盛況だったころ、インディアンと言えば、頭に羽毛の飾り物をつけて、団体で馬に乗って白人を襲いに来る、というパターンが多かったが、この作品ではまるで違う。
 そもそもこの映画の中の先住民族はみんなが大金持ちなのだ。
 なぜなら、彼らが住んでいた土地から、物凄い石油が噴き出して、あっと言う間に油田だらけになり、インディアンたちが大金持ちになったのだ。
 それを狙って集まってきたのが、定説の貧乏インディアンの反対、貧乏白人だ。
 映画の冒頭、食い詰め浪人風の主人公、アーネスト・バークハート(レオナルド・ディカプリオ)がこの地に現れる。
 もっさりして食い詰め浪人のレオ様は全く美しくない。
 地元の有力者である顔役の叔父さん、ウィリアム・ヘイル(ロバート・デ・ニーロ)を頼ってきたのだ。牧場経営のオジサンはすごく優しい。
 ニコニコしてアーネストの話を聞き、何でもいうことを叶えてくれる。
 大画面の真ん中に立派な家が立っていて、その家に美人がいる。何というのか知らないが洋服の上に美しい大判の毛布みたいな肩掛け(?)を羽織っている。
 モリー・カイル(リリー・グラッドストーン)だ。彼女はバツイチだが、アーネストはすぐに彼女と恋仲になり結婚する。
 大金持ちになったインディアンといえばそれまでだが、モリーは登場した時から貫禄がある。少々太目だが整った美人で、悠揚迫らず。
 アーネストとモリ―の夫婦が物語の中心だが、モリ―は美しいだけでなく周辺に闇がある。彼女は糖尿病を患い瀕死になることもあるし、後に彼女の姉のアナは体中が傷だらけの惨殺体になって発見される。
 陰惨な殺人事件が次々に起きる。
 ぶっちゃけていえば、白人たちは表面とは違いインディアンたちに強い人種差別の偏見を持っているので、人殺しに抵抗感がない。
 それどころか、石油資産の受益権を得るためなら何でもやる。
 優しいオジサンのヘイルが、アーネストの結婚相手が白人ではなく、バツイチの先住民族、モリ―であっても反対しなかったのは、やがてアーネストが受益権を相続できるからである。
 連続殺人と聞いて、筆者はどんなに陰惨な映像が連続するのかと戦々恐々だったが、あまり怖い画面はなかった。
 しかし、インディアンたちは次々に殺されてゆく。
 余りに殺人事件が頻発するので、ワシントンD.C.から後のFBIになる捜査官トム・ホワイト(ジェシー・プレモンス)が派遣されてくる。
 最初はスコセッシ監督たちはこの捜査官を主人公にして、ディカプリオが演じる計画だったらしいが、「それじゃあ、現代のアメリカ人のほとんどが知らない、先住民たちを食い物にした負の歴史を描くことにならないんじゃないか」という意見でこの案は潰れた。
 そこで、白人(今でいうプア―ホワイトね。筆者注)の夫と生粋のインディアンの妻との家庭を中心において物語は作られたのだそうだ。正解!
 一見優しくてみんなに「キング」と呼ばれている顔役のオジサン、ヘイル(デ・ニーロ)を、最後はアーネストが法廷で糾弾するのだ。
 凡庸で碌な仕事もしてこなかったアーネストが、最後の最後に監督たちの語らせたかったアメリカ史上の暗部を暴く。真正面から据えられたカメラの前で、レオ様、一世一代の大証言である。
 決してアメリカの正史には取り上げられなかったオセージ族の存在を、スコセッシ監督は、たとえ再現映像であってもちゃんと記録しておきたがったと意図している。
 筆者は映画の最初にモリ―(グラッドストーン)が登場した時から、肌はそんなに浅黒くはないけれど、西欧の白人女性とは全く違う東洋的な美人として珍しかった。
 しかも、ちょつと頭の弱そうなアーネストに比べて、聡明で貫禄があるマダム風のモリ―の存在感が際立っていた。悪いけど、レオ様がこの女(ひと)に寝首を掻かれるんじゃないかとまで思ったくらいである。リリーの貫禄はすごい。
 実は悪魔だったデ・ニーロは言わずもがな、お人好しでハンサムでもなくなったレオ様など、大スターたちの新しい顔をべったりと演じさせたスコセッシ監督はやっぱり曲者である。久しぶりにハリウッド的でない優秀作を見た。炎の中で人々が殺し合う影絵や、広大なオクラホマの野っぱらなど風景画面と音楽が魅力的。(2023.11.11.)。
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