この2つの舞台で、何が特徴的だったといって、会場のコロナ対策の甘さと厳しさである。 『プロデューサーズ』は渋谷ヒカリエ11階の東急シアター・オーブで上演されたのだが、座席はびっしりと客で埋まっていたし、格別煩い取り扱いもなかった。ホールに上がるエスカレーターでも、蜜蜜蜜。間を開けろなどとは指示されなかった。 一方、『オペラ紅白』の会場、サントリー大ホールでは、厳しい厳しいコロナ対策。劇場入口に入った瞬間、半円形に並んだ制服姿のホール係お嬢さんたちが、全員マスク姿でこっちを向いていて、ギョッ。マスク壁に遮られる感じである。 いつものモギリ場所では、「チケットの半券」は自分で切れ、ここに入れろ、と命じられた。つまり、お嬢さんたちは一切客のチケットには触れないということである(笑)。 「ハ、ハ、ハ、ハ」と私は笑いながら自分で自分のチケットをモギッて通過した。 横には小さな瓶のお水がずらりと並んでいて、「どうぞ、お取りください」と言われたが、コンサート会場に飲み水の瓶をもって入るのも色気がない。 さて、上演内容についてであるが、『プロデューサーズ』は大いに期待外れ、『オペラ紅白』は例年通り楽しめた。 『プロデューサーズ』の期待外れには訳があって、観客が問題だったのである。 『プロデューサーズ』はいわずもがな、本場のトニー賞12部門を取った有名なミュージカル・コメディで、こちらの演出はこれまた有名な福田雄一さん。主演の落ち目プロデューサー役が井上芳雄さん、相方の会計士に吉沢亮くん(来年の大河ドラマの主役)と大野拓朗くんのダブルキャスト。私が見た日は大野拓朗くんだった。 観客が問題というのは、ファンクラブの人たちが相当買い占めているようで、私の席の左右のオバサンに近い年恰好のお姉さんたちが、リピーターらしく反応が先走るのである。どういうことかと言うと、井上くん(マックス)がボソボソと何か喋るとセリフの途中でもう笑う。私は耳の検査で100点満点を取った高感度耳なのだが、セリフの音拾いが悪くて何を言っているのかわからないのに、彼女たちは初めから笑うのだ。 また、音楽がリズミカルな場面になると、煩いくらいに手を叩く。だから、私は音楽を聴きに来たのに、左右のオバハンたちの拍手の音ばかり聞く羽目になった。 落ち目のプロデューサー、マックスと会計士のレオ(大野拓朗)が、舞台は当たらない方が儲かると聞きつけて、失敗舞台を作ろうとオーディションに下手くそばかり採用する。禄に英語が喋れない女優を主役に、最低の脚本で『ヒトラーの春』を上演する。ニューヨーク中の金持ち老婦人をスポンサーにして、大失敗興行を打つのだが・・・。 ゾロゾロとゲイ男ばかりが登場するくだりは面白かったが、私が何よりがっかりしたのは主役の井上芳雄さんがあまり魅力的でなかったこと。 歌はうまいし見かけもいいのだが、残念ながらオーラがない。 遥かに相手役の大野拓朗くんの方がよかった。大野くんを私はテレビ東京の連続ドラマ、『三匹のおっさん』で初認識した。北大路欣也さんの孫の役で好青年ぶりを発揮したのだ。それに加えて、彼は音楽大学出身でもないのに、案外歌が上手いのである。上背はあるし、ハンサムだし、板の上で活躍しているとは全く知らなかったので、大発見! さて、サントリーホールの方は、蜜蜜どころか、客席も隙間だらけ。私が買った席の右隣りは空席で、前の方のステージ真下は、歌手の唾液の飛沫が飛ぶからだろう、何列も空けてある。ああ、勿体ない! 今年は歌手が粒ぞろいだった。最初のカウンターテナーさんの声がちょっとか細かった以外、全員が朗々たる歌唱を披露した。 何が驚いたといって、紅組6番目の2重唱に登場した関定子さんである。歌はヴェルディの『アイーダ』より、「武運はあなたの国には残酷で」。彼女は75歳。 何年か前、私は彼女のマネジャーさんから案内をもらって、白寿ホールだったかで行われた関定子「美空ひばりを歌う」というコンサートを聴いたのである。その時の驚きは今でも忘れない。とにかく上手いのなんの。めちゃくちゃ凄かった。息をのんで聴いた。 会場の入りは寂しかったが。 私は、NHKがこういう人こそ『NHK紅白歌合戦』にオペラ枠で招待するべきだとその時思った。鼻濁音も出来ない秋川雅史さんなどより、100倍もいい。 近頃は歌というよりダンスまみれ、お嬢ちゃん坊ちゃんの学芸会に成り下がっていて、やたら時間だけが長い。局ズペットの氷川くん、水森さんばかりが毎度登場する。 他に驚いたのは、バスの妻屋秀和さんの長髪。妻屋さんは1人だけワーグナーの『神々の黄昏』から、「見張り歌」を歌ったのだが、椅子からぬーっと立ち上がったら、そうでなくても大きいのに、顔の半分が隠れるようなロングヘア―が垂れ下がって、恐ろしげ。 ワーグナー独特の劇的音楽と相まって、ド迫力! お話になると優しいのに。 今年の『オペラ紅白』はコロナのお陰で喋りが少なくて残念だったし、紅組の指揮者、松尾葉子さんが終始マスクをかけていられて表情が見えず、これまた残念だった。 私の友人で、第1回から毎回聴きに来ているオペラ通から、翌日に電話がかかってきて、「今年は音がよく聞こえたし、全体のバランスが良かった」と褒めていた。 1昨年は辛口だったのだが。 他にもたくさん来ていた友人たちが、みんな「楽しかった」とニコニコ顔で帰った。 コロナで出かけられず、自宅で鬱鬱していた人たちが、久しぶりに発散したのだろう。 音楽とは「音」を「楽しむ」と書く。 眉間に縦皺を浮かばせて聴くのがクラシックと思って敬遠する人もいるが、『オペラ歌手紅白対抗歌合戦』は、みんなで「音」を「楽しむ」。 師走の風物詩になりつつあるこの大イベント、来年こそは、ディスタンスなしのびっしりと観客を入れた音楽会になりますように、心から祈る。(2020.12.10) (無断転載禁止〉