前作の『マスカレード・ホテル』を見た時には、途中で犯人が分かって白けてしまったのだが、今回はのんびりと騙されることにして、あまり謎解きには関心を寄せなかった。少し老けてしまったが、木村拓哉くんの立ち姿をつらつら眺めるだけで楽しかった。 ただし、最初に登場するタンゴダンスのシーンは頂けない。何故なら、木村くんのダンスがイマイチ下手くそだったからだ。 無理だよね。付け焼刃でいくらプロに指導されても。 タンゴダンスはイギリス流ボールルームダンスの中にもある、競技ダンスのジャンル「モダン」の中の立派な1ジャンルではあるけれど、この映画の最初に踊られるタンゴは、アルゼンチンの場末の盛り場で男と女が体を密着させて踊る「巷のタンゴ」にも似ている。 パートナー(中村アン)は「タンゴの先生」つまりダンスインストラクター役なので、ボールルーム・タンゴらしくもあるし、何を目指しているのかわからなかった。 「巷のタンゴ」ならば、得も言われぬ組んだ男と女の内的な情念が表現されねばならないし、かといってフィジカルな体の動きがボールルームダンス的にスタイリッシュに突っ立っていてもダメだし。はっきりしてくれ(笑)。 木村拓哉くんは足の運びやウォークの特徴や、パートナーの抱き方や、いろいろ苦労して指導されたのは歴然と分かったのだが、如何せん最初の方のお尻の出っ張りも気になったし、「巷のタンゴ」というよりは、ボールルームダンスと場末のタンゴとの中間? 私も昔は踊っていたし、タンゴマニアだからちょっとうるさい。 夫は学生時代、東大で舞踏研究会(現在は競技ダンス部)の主将を務めていて、6大学のコンクールで2位になった。優勝するのはいつも早稲田のS君で、夫の東大は万年2位。それもそのはず、S君は後に全日本プロフェッショナル競技会で何度も優勝した社交ダンスの秀才だった。NHKで30分番組も持つようになった。 夫の最も得意なのは「モダン」の中でワルツとスローフォックストロットで、タンゴはあまり自信がないと言っていた。というのは、ステージで踊るタンゴダンサーの男性は、どちらかと言えばずんぐりタイプの方が多く、顔が小さくて手足の長い夫の体形はタンゴ向きではなかったからだ。 もう1つ、タンゴミュージックに関して蘊蓄を述べさせてもらうと、私が最も好きなタンゴバンドはフアン・ダリエンソである。あの歯切れのよいサウンドは永久に真似できない。 アルゼンチンばかりでなく世界的に超有名だったタンゴバンドの中で、メロディが分かり易くて人気だったのはフランシスコ・カナロである。『カナロ・エン・パリ』という大ヒットで有名だが、たった1回だけ日本に来た。1961年(昭和36年)のことである。 その時に私は新宿の劇場で生で聴いている。 真っ白なステージタキシード姿で、勿論、『カナロ・エン・パリ』も演奏したが、彼らは来日を記念して『カナロ・エン・ハポン(日本のカナロ)』という新曲を作った。余りヒットはしなかったが。 今やタンゴと言えば、クラシック界までが「ピアソラ、ピアソラ」だが、タンゴバンドにはもっと数多くの天才たちがいるのだ。 この映画の中で使われている曲の内、『バンドネオンの嘆き』は私も愛好曲である。この映画の開幕一番、タンゴが流れてゴージャスな雰囲気を醸成するのには役立ったが、残念ながら出来合い曲の使用が多く、日本映画の常道で、俳優にはお金をかけるが、作曲家は2の次、それが残念だった。 さて、いよいよ映画のお話。東野圭吾さんの原作による『マスカレード』シリーズ。ホテル・コルテシア東京のロビーのセットは中々豪華だった。今回は出世してコンシェルジュになっている長澤まさみさん(山岸尚美)と、警視庁捜査1課から派遣された刑事の木村拓哉さん(新田浩介)の2人が主役なのは前作通り。 山岸はコチコチの真面目ホテルマンで、「ホテルマンは絶対に”無理です”」と言ってはいけないが口癖。だから、我儘な客の要求にもなんとか答えようと努力する。長澤さんは相変わらず綺麗だが、余りにも真ん丸顔なので、もう少し年を取って顔にお肉が付いたら、即老け顔になる。お気をつけ遊ばせ。余計なお世話! 木村拓哉くんは色が黒い。刑事だから当然だ。歩き回る職業なのでピッタリだった。私の大好きな俳優の渡部篤郎さんが、捜査1課の係長・稲垣で出ていて、口ひげ顎ひげの無精ひげ風風貌で、ひと際際立つ。彼は格別美男子でもないのに、面食いの私が何故か好きなのだ。しかし、サラ金のCMだけはやめてくれ(笑)。 この文章を見てくださる人のうち、これから映画を見る人のために犯人については一切述べないが、1つだけ残念だったのは、コンシェルジュの長澤さんがつけている「おばあちゃんの形見の腕時計が、5分遅れている」設定は、「ははん、後にこれがトリックの道具になるな」と私はピンときた。 思った通りだったので、つまらなかった。もう少し、勘のいいお客が見過ごすようなセリフ回しに出来なかったものか。あと1つ、真冬のプールに水を張ってあるのはヘンだ。 それにしても、大晦日の深夜に、大広間に500人もの客を集めて、全員が仮装するアイデアは豪華で素晴らしい。思わず、会場の客たちを見ながら、「えーと、1人5,000円としても、衣装代など別の上に、合計2,500,000円のエキストラ代か?」と余計な心配をしてしまった。本当に500人いたのか? 週刊新潮の映画評では採点が74点の辛口。 スターが出ている娯楽映画は押しなべて低評価であるが、私はこういう絢爛豪華な娯楽映画は大好きである。映画を見て教育してもらいたいとは思わないし、陰気臭い芸術映画は、コロナ時代の鬱屈している毎日に見たくない。 犯人に意外性がなかったのだけ残念だったが、2時間以上を大いに楽しんだ。 また、『マスカレード』シリーズが出来たら、必ず見に行く。木村君、まさみちゃん、渡部さん、楽しい映画でした。万歳。(2021.9.23) (無断転載禁止)