このコラムでは、政治的な話題はなるべく書くまいと考えてきたが、その決心を破ることにした。何故書かないかと言えば、政治的なことをちょっとでも書くと、すぐ大向こうに右だの左だのと決めつけられるので不愉快だからである。 私は1人だけのASO党であって、事象によっては極右にも極左にもなるし、どちらかに属して、徒党を組むのが大嫌いである。 その時々に自分で決めるので、右でも左でもない。 強いて言えば、現状のお上には批判的な方である。 今回、敢えて政治がらみの話題を書こうと思ったのは、新聞1面やテレビ・ネットを賑わす話題が、あまりにも幼稚で、低レベルで、情けないので、常日頃腹ふくるる気持ちを抑えたり、友人との電話で憤慨しているだけでは、我慢できなくなったからである。 ご推察の通り、呆れ果てたのは、法務大臣・葉梨康弘さんの更迭問題である。 選良と呼ばれるわが国の国会議員たちの質の低下は、ずっと感じていたが、今回の葉梨さんのスカタンぶりには呆れてものが言えない。 第1に、この方は日本語に対する無神経さが甚だしい。 大勢の前での演説で、得々として「死刑」などという異様な言葉を発する神経がおかしい。 どんな極悪人といえども、天から授かった人の命を、権力を用いて殺める行為は、はっきり言って恐ろしい行いである。 法務大臣が「死刑のハンコ」を押すと言ったとは、何という無作法な言葉であろうか。 私は確信犯の死刑廃止論者ではないけれど、「死刑」という言葉には、異様なくらい敏感である。人様の前で自分の口からは使いたくない。 ちょっと脱線するが。 今から20年以上も前に、家族と一緒にパリへ行った時、コンコルド広場にある有名なオテル・ド・クリヨンに泊った。 空いていたせいか、天下の超1流ホテルの、素敵なロマンスグレーの支配人が、私たち2人を案内してホテル内を見せてくれた。 2階の細長い部屋にイの壱番に通された。 「ここは、マリー・アントワネットが、処刑される数日間の最後の日にちを過ごした部屋です」と支配人。 あまり大きくはない部屋で、確か、ソファが壁面についていたように記憶する。 「えーっ」と言って私は目を見張った。 余りに簡単に言われたので、驚いた。 支配人にとっては、一種の物馴れたセールストークかもしれなかったが、私には「かの王妃、マリー・アントワネットさまが過ごされた部屋」である。 西洋史で習った大大有名人であるし、ヴェルサイユ宮殿の主だった眩しい存在である。 その方が事もあろうにギロチンにかけられる前の数日間を過ごした部屋を、この東洋人の私が見られるとは、信じられなかったのだ。 王妃様は刺繍をして過ごされたという。ものの検索文などはデタラメ記述である。 支配人は物慣れた様子でわれわれの驚き方をニコニコと見ていたが、彼女が「処刑される前」という言葉が、私の身体に痛く刺さったのである。どんなに昔の、歴史上の話であっても、人の命が失われた事実には、私は敏感にならざるを得なかった。 はっきり言って、誰からも聞かされたくない言葉である。処刑とか死刑は。 さて、今回の葉梨さん。 「死刑」という言葉を複数回も大勢の人の前で口にして、何ともないとはどういう神経か。 繊細さ、想像力、感受性などは皆無にして、人間らしさ欠如の男である。 これで東大法学部出身とは、情けないのを通り越して口あんぐりである。 世間では、東大法学部出身という肩書を有難がるが、事情を知っている者からすれば、「今回の発言者のような方があり得る」なのである。 というのは、東大法学部を目指す人は、若くして権力志向の人が多くて、あまり付き合いたくない奴である。勿論、繊細で想像力豊かな方もいらっしゃるであろうが、私の周辺にはいない。中学生や高校生で親の入れ知恵か、官僚になりたがるなんて碌なものではない。 ところが世間では秀才の誉れコースのように言われて有難がる。文学部志向で、3年浪人なんて人の方がよほど面白い。前期の連続ドラマでも、「東大法学部首席」という肩書の人物を、さも秀才と崇めて主役に据えていた作品があった。アホか(笑)。 私の次兄は文科1類(法学部、経済学部コース)を受験したが、「官僚志向なんかまっぴらだ」と言って経済学部に行った。有名な大河内先生のゼミで面白かったと言っていた。 葉梨さんが権力志向だったのかどうかは知らないが、少なくとも、人間らしい情緒には決定的に欠けた人物であることは間違いない。 複数回も人様の前で「死刑のハンコ」とおっしゃっているのは、その言葉のもつ強烈な意味への理解もなく、感受性も欠落している証拠である。 「有名になって、テレビに顔を写されて、威張りたい」という赤子のように単純な欲望しか持ち合わせていない人物であるということだ。 全く情けない東大法学部出身である。 こんな人物を卒業生として送り出しているとは、大学の態(てい)をなしていない。 東大の恥晒しである。 大勢のまともな法学部出身者には申し訳ないが、現職の大臣様に、こんな人が現れたのは、その背後に同類項が複数はいるという証拠である。 わが日本。 民度も低いが、選良が選良で無くなっている。 劣等国になりつつあるのは、万年同じ顔触れの議員さんが、票集めだけに奔走している結果、こんな人物が産み出されているからに他ならない。嗚呼。(2022.11.12.) (無断転載禁止)