「第6回、オペラ歌手紅白歌合戦 ~声魂真剣勝負~は大成功だった!」

  今年はコロナ禍で、人を集めるのが心配だったにもかかわらず、ほとんど満席に近いお客を入れて行われた『第6回、オペラ紅白歌合戦』は、「ブラボー禁止。発声禁止。拍手だけ」という主催者からの注意事項で、まるで禁欲尼さん状態で聴いたのである。
 1階のド真ん中のスペシャルシートがよかったのは勿論だが、周りのお客様のレベルが高く、いつかのようにブツブツ私語する人もなく、終始一貫歌に集中できた。
  1言で総括すれば、今年のメンバーはレベルが高く、歌唱そのものがとてもよかったのだ。
  推薦人たちの慧眼がありがたい。
  女声の紅組メンバーが、いよいよ「紅白」対決色を鮮明にしてきて、真っ赤っ赤のドレスが何人もいたので、最初から聴いている方も闘争心(?)が出た。こういう時、黒のタキシード1点張りの男声はソンである。
  男声の指揮者・村上寿昭さん(外人指揮者がコロナで来られず、ピンチヒッター。第2回で指揮している)が、最後の決着の前に、「負けたら結構引きずる」的なことを言っていたので、歌手たちはマジで闘っていたということだ。
  東日本大震災10周年の今年は、例年と違うコーナーが設けられた。休憩後、第2部の初めに震災地復興の願いを込めたTSUNAMIヴァイオリンの演奏(シャコンヌ)を伴奏に、高橋克典さんが詩を朗読した。
  ステージには真緑の竹が3本ずつ立てられ、透かし模様の中から光が漏れる。大災害の中の小さな希望の明かりともとれる演出である。粋だ。
  ヴァイオリン演奏はちょっと時々音程がズレて残念だったが、高橋克典さんの朗読はさすがに主役を張る俳優の存在感。私はテレビマンのパーティーで何度かナマ克典さんを目撃したことがあるが、その時より今回がずっと素敵だった。男盛り?
  使われたヴァイオリンは大震災の時の流木で作られたものとは、びっくりで、ボディの裏には陸前高田の「奇跡の一本松」の絵が描かれている珍しいものだった。
  裏情報によれば、この詩の朗読(約10分)が入ったために、時間が押して、歌手たちへのインタビュー時間(司会者・本田聖嗣さん)が削られたと聞いたが、この企画そのものはとてもよかった。近くの男性は、頭(こうべ)を垂れて真剣に聞いていた。東北の方か?
  第1回から会場で見聞きしている私が、何よりうれしいのは、世間の受け止め方がこのコンサートの内容の良さ・楽しさに目覚めてきたことである。
  第1回目から真面目で取り組み方も一貫していたのに、敢えて言わないが、「色物扱い」されているようで私は腹が立っていた。そのくせ、他の団体に「オペラ紅白」のアイデアをパクられそうになったり、先陣は苦労が多かったのである。
  「ゲテモノなんかじゃないぞ」と、私はまるで主催者のように肩入れしていた。断っておくが私は純粋に音楽が好きなだけの物書きで、世間の評価が追いついてきたのをとても喜んでいる。コロナでなくても窮状のクラシック界、応援してやりたくなるのだ。
  さて、いよいよ歌について。
  甲乙つけがたく、みんなよかったが、敢えて2、3の歌唱と立ち姿について述べると。
 毎回絶賛するので、贔屓にしていると思われるが、それは断じて、ない。
  圧倒的な大トリを取ったソプラノの佐藤美枝子さん。ヴェルディ作曲『椿姫』より『ああ、そは彼の人か~花から花へ』。コロラトゥーラ・ソプラノの技巧的だが花も実もある傑作で、「これを歌われちゃあ、負けるわな」と人にやっかまれる名作アリアである。
  一緒に行った友人が、「あれだけ体とのどを使って、長生きできるのかと心配になった」と驚いていた。確かに、彼女は小柄で細い体、趣味が「ロッキングチェアに乗って編み物をするのが好き」という女らしさだが、相当なお年と思うから、どうぞ喉をお大事に!
  紅組のトリに対抗して、白組のトリ。
  ガタイが大きいのに、お顔は、小さなチンみたいにクシャッとして可愛らしい笛田博昭さん。こっちも定番中の定番、G.プッチーニ作曲『トゥーランドット』より『誰も寝てはならぬ』を歌った。『誰も寝てはならぬ』を聴くと、私はすぐ亡きパバロッティさんの響きを思い出してしまうが、笛田さんも素敵だった。
  会場でもらったパンフレットに、笛田さんの「趣味は鯉を育てること」と書いてあって驚いた。「老後は大きな池を作って鯉を育てたい」だって。まだ若いのだから、鯉じゃなくて、恋を育てたいのでは? 餌をやりながら、あの声でナントカカントカ呼ぶと、鯉は彼の魅力に釣られて近寄ってくるとか。鯉に恋されて・・・(笑)。
  面白かったのはバスの伊藤貴之さん。首が太くて如何にも低音が響きそうな男性的風貌。歌ったのがC.グノー作曲『ファウスト』からの『眠ったふりをせずに』という悪魔的なセレナーデなのに、この方、好きなことはパン作り。
  昨年、コロナ禍で家にいたのでパン作りにハマったのだそうだ。なんか、低音でハミングしながらパン生地をこねている情景が思い浮かぶ。ユーモラス。バスでは私は妻屋秀和さんのフアンだが、今年は出ていない。この怖・可愛い伊藤さんも面白い。
  今年は歌合戦では紅組が勝って、赤いドレスの効果抜群だったが、目立ったのは応援隊長のメゾソプラノ・林美智子さん。毎度のことだが、彼女は「盛り上げ名人」である。上背もあり華やかな存在で、パンフレットの1言欄にも、「紅組優勝」と絵文字入りの激文が書いてある。こういう人がいるとコンサートは盛り上がる。勿論、可憐な幸田浩子さん(ソプラノ)と歌った2重唱のV.ベッリーニもよかった。
  男声で見栄えもピカ1にカッコよかったのは、G.ヴェルディの『仮面舞踏会』から『お前こそ心を汚す者』を歌った大西宇宙さん。ステージ映えのする朗々たるバリトン。
  紙幅が尽きた。取り上げなかった歌手が印象に残らなかったのでは決してない。ホントに今年は粒ぞろいでそれぞれ聴かせた。昨年までは夫と同道だったが、今年は友人と。それだけが寂しかったが、仕方がない。
  歌手の皆さん。会場で声が出せなかった分、今言おう。
  ブラボー!!! (2021.12.4)
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