「久しぶりの鶴橋康夫監督作品。昭和の名作、山崎豊子の『女系家族』(テレビ朝日)が絢爛と甦る」

   先月初め、10カ月以内に届けなければならない亡夫の遺産相続手続きを、ようやく弁護士に依頼して済ませたところ、月末になって、水茎の跡も美しい筆で書かれた宛名書きの封書が届いた。
  見覚えのある筆跡、鶴橋康夫さんからのお手紙だった。
  亡夫の遺産相続でこの10カ月キリキリ舞いをした直後に、放映のお知らせをいただいた作品が、こともあろうに「遺産相続の大騒動」のドラマである。驚くやら、運命的なものを感じるやら、複雑な思いで視聴したのである。
  鶴橋さんがまだ30代でいらした頃、私も駆け出しの映像批評家であった。以前書いていた小説から次第にシフトをかえて、某週刊誌にテレビ批評を連載していた頃である。
  大先輩の放送批評家・志賀信夫さんに誘われて日本テレビで対談をしたり、テレビ界の何たるかも知らないチイチイパッパの私は、猪突猛進で言いたい放題に書いていた。
  ある時、うっとりするほど美しい映像の連続ドラマに出会った。浅丘ルリ子さん主演の『新車の中の女』(読売テレビ制作)だった。
 細部はよく覚えていないが、大型の車と、ツバの広い帽子を被った美しい浅丘さんの顔が印象的で、兎に角、画面の流麗さに驚いた。
  当時の私は視聴率その他、テレビ界のお約束事には無頓着で、絶賛したはずである。
  後に聞いた話では、鶴橋監督もまだ読売テレビの一介のサラリーマン演出家であったから、大スターの浅丘さんは、別の作品で演出している鶴橋さんの仕事ぶりを偵察(?)に来たのだそうだ。  
 大スターの出演作選びの厳しさに感心したものである。
 以後、長い長い時間、私は鶴橋監督作品をすべて完視聴してきた。
 物語の内容とか、出演者の顔ぶれとか、画面に現れたもろもろのパーツを凌駕した、得も言われぬケイオスな色気が、彼の演出作品にはどれにも立ち上っていて、見ているこちらの股間まで熱くなるような不思議な芸術的高揚感と魅力があるのである。
  もう1人、先輩の批評家、佐怒賀三夫さんも鶴橋フアンであった。
  私はダンディな佐怒賀さんから、いろいろと教えていただいたが、残念ながら彼は鬼籍の人になってしまった。元都新聞の記者だった佐怒賀さんは、本当の文化人だったのに。
  今回、久しぶりに鶴橋作品のお知らせをいただき、驚くやら嬉しいやら。
  昭和の名作を、平成時代に置き換えた山崎豊子さん原作の『女系家族』である。
  いやあ、物凄い女の闘い!
  昭和30年代の、山崎豊子さんが脂の乗り切った時代に書かれた『女系家族』は週刊誌に連載され、後に単行本、文庫本にもなった。
  開口一番、老舗の木綿問屋の婿養子4代目当主、矢島嘉蔵(役所広司)が死の床にある。
  知らせを聞いて駆けつけてきた嘉蔵の愛人、浜田文乃(宮沢りえ)は、本家の人々には知られていない存在だったので、本家の娘たちが駆けつけてきた時、慌てて去る。
  その時に入ってきた出戻りの長女・藤代(寺島しのぶ)と中庭を隔てて目が合ってしまう。この不穏な出だしで、既にこの物語の先行きが予想できる見事な脚本(監督自身)だ。
  嘉蔵はいとしそうに文乃をみつめ、「もう一度抱きたかった」と口づけする。役所広司さん、得な役回りである。可愛かった10代のサンタフェりえちゃんが、﨟たけた大人の女性の佇まい。彼女は腹に嘉蔵の子を身籠っている。
  本家の女達はみんな美人で気位が高い。出戻りの長女・藤代(寺島しのぶ)、婿養子と後をとっている次女の千寿(水川あさみ)、3女の雛子(山本美月)と雛子を猫可愛がりする叔母の芳子(渡辺えり)。大番頭の大野宇一(奥田英二・怪演)がメインキャストである。
  初めて愛人が本家の娘たちにお目見えする時のお豊さんらしい場面。文乃が羽織を着てきたのは妊娠を隠すため、と、叔母の芳子が詰問する。したたかな初老の女の鋭さだ。渡辺えりさんにはピッタリの役だが、文言は関西弁でも、東北育ちの渡辺さんのイントネーションが時々関東風だったのはご愛敬である。
  第2夜が物凄い。愛人の逆襲である。お腹の子が自分たちの相続財産を目減りさせる上に、嘉蔵の遺言書があった。医者通いの度に父親の嘉蔵が寄り道して、文乃とイチャイチャしていたと想像するだけで頭にくる3姉妹と叔母・芳子は、産婦人科の医者をつれて文乃を診察させる。
  キレた文乃は「恥を知りなさい!」と一喝! りえ・愛人、一世一代の啖呵である。大向こうの視聴者は、ここで「よく言った!」と留飲を下げるのだ。男の種を宿した女の強み。
  演出的には、産婦人科の医者が笑える。矢島家に雇われて愛人を診察に来ているのに、医者として患者の不利益になる行為は出来ない。自己撞着でアタフタ、3枚目である。見ているわれわれは流産でも起きたら大変と、すっかり作り手の計算に丸め込まれている。
  タイトル通りまさに『女系家族』であるが、ここに描かれる数少ない男たちが面白い。何故ならば、お豊さんが鋭い作家の目で描いたからで、筆頭は勿論、大番頭の大野宇一。忠実なシモベと見える表の顔は嘘っぱちで、金銭的にも主家を裏切っており、就中、自分の愛人を文乃宅にスパイとして送り込んだり、主家の財産の山林を私物化したり。
  遺言執行人として得々としていたが、自分に関する贈与は皆無で、宇一の裏切りはすべて嘉蔵に見破られていたというオチである。ショックを受けた奥田英二さんの名演である。
   最後に1つ、私の思い出を語る。
  「新潮社の天皇」といわれたご重役の故・斎藤十一さんのご葬儀で鎌倉を訪ねた時、山崎豊子さんもお付きの方と一緒にお見えだった。帰りに「鉢の木」でお茶を飲もうと立ち寄ったら、既に山崎さんがお茶していらした。私はよほどご挨拶をしようかと思ったが、気後れして近寄れなかった。黒い大きなサングラスをかけていらっしゃって、とても大作家には見えない柔らかな表情で、お連れの方と話しておられた。何であの時、ご挨拶しなかったのか、私も週刊新潮の連載作家だったのにと今でも後悔している。(2021.12.10.)
                                           (無断転載禁止》