「『大泉洋の源頼朝、酷暑に昇天す』・・・『鎌倉殿の13人』前半の白眉である」

 某新聞芸能欄記者の取材を受けたのは、死ぬほど暑い酷暑の午後だった。
  その週の初め、6月26日、日曜日の夜、NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』が放送されたのだが、その内容についてのコメント取材だった。
 1年間の大河ドラマ、前半の白眉の中の主役の1人、源頼朝が死んだ。
 演ずるはご存知、北海道出身の大泉洋さん。
 私はほとんど忘れていたのだが、今年の初めにこのドラマへの期待度を聞かれて、「特に頼朝を演じる大泉洋さんがいい。その生い立ちから、猜疑心が強く、のちに弟の義経にさえ手をかける陰険な頼朝を大泉さんがどう演じていくのか。それを見るだけでも楽しみになります」なんて答えているのだ。
 そして、いよいよ第25回の「頼朝死す」のくだり。私は忙しいせいもあるが、連続ドラマの次回あらすじを前もって調べる趣味はない。その代わり、集中力を欠いて、ディテールを見損じたり、勘違いしたらいけないので、生で見るほかに必ず録画もしておく。
 『鎌倉殿の13人』は面白いので、ながら視聴をしないから、まず見落としはない。
 第25回は最初から、頼朝の疑心暗鬼が話の中心だった。
  頼朝が不気味な夢を見たり、腹違いの弟の阿野全成(新納慎也)に縁起の悪い色が赤だと聞いたり、赤ん坊は運を吸い取るので抱くな、と聞かされたり。全部が阿野のデマカセだったのだが。頼朝は次第に怯えてゆく。
  私の中では、どちらかと言えば3枚目の印象だった大泉洋さんを、源頼朝に振ったのはNHKの中の誰なのだろう。脚本家の三谷幸喜さんが、大泉さんを高く買っているという巷の噂(?)は聞いたことがあるが、最終決定はトップのプロデューサーの権限だろう。最初に聞いたときは私でも「へーえ」と思ったぐらいだから、大向こうの予想を覆した。
  それが25回にして、大成功だったと言えたのだから、今年の大河は万々歳だ。
  大泉さんの何処がよかったか。
  大泉さんは2枚目俳優ではない。どちらかと言えば2枚目半。むしろコミカル部分の印象が強いのに、シリアスもシリアス、陰険で冷酷な頼朝に2枚目半の彼を持ってきたところが成功の重大要素である。
  くりくりした目をキョロキョロ動かしたり、斜め上の方を視線定まらずに見上げたりする演技の中に、浮かび上がってくるのが頼朝の内面。
  権力者のトップに居ながら、内面は孤独で、好色で女を侍らせていても敵や味方や,朝廷のことや御家人のことや、常に思いめぐらせている計算に忙しい。
  それを、大泉さんは顔の筋肉で演じる。上手い。
  端正な2枚目俳優が演じると、多分、深みが出なかっただろう。
  今年の春で休刊してしまったNHKウイークリー・ステラに、大学の先生が「頼朝の風貌」という文を書いている。
  それによると、京都の神護寺にある大きな画幅に描かれた頼朝像があるが、それは頼朝像ではないという説が出されてアウト。
  別にあるのが山梨県の甲斐善光寺にある木造の頼朝像。頼朝の没年に近いころ、北條政子が作らせたと言われる木像は、眉根のしわが、意志が強く、山積する難題を着実に解決していく一流の仕事人といった印象を与えるそうだ。
 『平家物語』の中に描かれた彼は、「顔大きに背低かりけり。容貌優美にして言語分明なり」とあって、デカ面で背が低い。訛りがなかった、だって。やっぱり京育ちだ。
  今はスラリと背が高くて、小顔が流行る。頼朝さん、現代だったら全然モテないね(笑)。
  また、『平家物語』には義経についても書かれていて、色白で背が低い。
  つまり、頼朝と義経は腹違いでも、背が低かったのは共通しているから、お母さんよりも「タネ」である父親・源義朝がチビだったのかもしれない。
  笑っちゃうのは『平家物語』に描かれている源義経が反っ歯だったって(苦笑)。
  大河ドラマ『義経』で演じたのが、ジャニーズの今や副社長の滝沢秀明。反っ歯の義経さんとは似て非なる美男子の秀明さん、かくもドラマはフィクションなのである。
  源頼朝は相模川にかかる橋の落成式の帰路、たった1人のお供を連れて、馬に乗っている時に、突然、手が震え、呂律がおかしくなり、ズドーンと落馬してしまった。
  お供が「佐殿―!」と叫ぶが、頼朝は2度と瞼を開けることはなかった。
  準主役とはいえ、これまで教科書などで教えられてきた源頼朝については、私はあまり好感をもっていなかった。戦前の教育以来、延々と続いてきた「判官びいき」のお蔭で、日本人の大半は義経が好きなのだ。
  ところが今回、得も言われぬ人間的な頼朝を演じた大泉洋さんの功績で、これからは義経びいき一辺倒ではなくなるような気がする。
  めちゃくちゃ人を殺したけれど、義経の生首が入った棺を抱いて、号泣する大泉頼朝は物凄く印象的な場面であったし、弟までも殺してしまった侍・頼朝の悲哀も描かれていた。
  今回、頼朝が落馬して絶命したその瞬間、あちこちにいた北条の人間や、源氏の親族や家来たちが一様に何かを感じて上を向く演出。司馬遼太郎さんが描いた『竜馬がゆく』の書き出しに似ていると思った。中々よかった。
  さて、6月の終わりにして、やっとこさ、主役の北條義時が中心に出てくる。
  いままでは大人しい頼朝の従者だった男が、これからどう化けるのか楽しみである。
  小栗旬さんは私の大好きな俳優さんで、映画の『罪の声』もよかった。
  頼朝亡き後の鎌倉と言えば、私の印象では北條政子の独り舞台だが、執権の義時が主役で動く脚本は珍しい。
  先述したように、私は連続ドラマフリークでも何でもないので、毎回、予備知識なく筋を追うのにワクワクするだろう。
  この疲弊する猛暑の中で、少しでもスリリングに楽しませてもらいたい。
  大河ドラマ・暑気払い編である。(2022.6.30)。
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