「承前。大腿骨骨折・・・手術後の悲惨とリハビリ開始」

 前回、『モリコーネ』を見に行ったTOHOシネマズ新宿で転倒して、大腿骨骨折の大怪我をやり、最初に世話になった病院から、手術をしていただく大病院への転院までを書いた。
 転院先にはちゃんと個室も用意されており、手術以前に患部を動かさない方がいいので、ひたすら「痛い痛い」と言いながら寝ていた。
 ところが大流行りの大病院の上に、この高齢化時代、待機患者が沢山いると見えて、入院が20日だったが、待たされて、結局、25日に手術と決まったのである。
 前日にはストレッチャーに乗って移動し、全身素っ裸でシャワーを浴びる。
 全身を清潔にしなくちゃならないのだろう。
 何が悲しいと言って、歳の割に裸体自慢だった私の肉体が、日に日にしぼんで来る。
 湯上りにボディクリームを塗っていた腕や太腿に、病院ではクリームなど塗れないので、皺が出てきたのだ!
 ああ、こんなになって!
 もう、異性の前では、脱げない!(笑)
 主治医の先生はまだ独身の30代、目が素敵な(マスクをしているので当然、目しか見えない)縮れっ毛の外科医らしい方。聞かないのに、最初に理Ⅲ、つまり、国内1の難関、東京大学理科Ⅲ類(一説によれば偏差値は青天井)を受験なさって落っこちて、翌年別の大学の医学部を出られたとおっしゃる。可愛い。一気に仲良しになる。
 「手術は完璧だから、任せといてください」と自信にあふれている。
 30代の彼にとって、後期高齢者なんて化石みたいなものだろうから、案外話しやすいのかもしれない。
 いよいよ手術当日。
 ストレッチャーに乗って長い廊下を運ばれる間、角を曲がる度に猛烈な眩暈がする。
 1週間も寝ている間に血液の循環は悪くなっているし、私はもともと右三半規管のメニエール病持ちである。
 「ははあ、手術室ってドラマとおんなじだ」などと能天気な観察をしていて、執刀医の大先生がお見えになったらご挨拶しなきゃ、と考えていたのは甘かった。
 以後、人事不省! 点滴に麻酔薬が入れられたのである。
 ・・・・・・・・。
 「〇〇さあーん。手術終わりましたよ」と呼ぶ声で気が付いたが、それからが地獄の始まりだった。既に入室から2時間経っていたらしい。
 病室まで戻る時から吐き気が始まっていて、猛烈に気分が悪い。しかも、右お尻に巨大な張り物がついている。手術痕である。フクラハギから下は自由に動かせるし、動かしても何ともないのに、右膝がちょっとでも左右に動くと体の右半分が激烈に痛い。
 ずっと後から聞いたところによると、傷口は7センチ、中に大腿骨のチョウツガイにはめ込まれた人工の関節が取り付けられたのである。
 その外側を縫い合わせて、さらにその上は肉同士を付き合わせてホッチキス(?)みたいなもので止めてあるのだそうだ。だから、右の腰の上に大きな当て物が張り付いている。
 その夜のことだった。
 生理食塩水の上に、痛み止め、抗生物質などの点滴が加えられた。むかむかするし、眠気も襲ってこない。その内、益々気分が悪くなってくる。「ヤバいぞ」と痛くない方の左に顔だけ向けた時だった。身体の奥から何かが込み上げてきた。
 昨日から絶食している上に、午前6時で水分もストップ、だから吐くものはないはずなのに、噴水のように体内から嘔吐水が噴き出してきた。吐瀉物を受け止めるプラスチックのトレイが一杯になり、さらにまだ次から次へと嘔吐する。苦しい苦しい苦しい。
 まず、枕、タオル、この日一日中着せられていた手術着の肩から、胴体、続いてベッドのシーツまで、ぐちゃぐちゃに濡れてしまったのである。
 運悪く、この夜の担当看護師は大柄な女性1人だけで、主治医には連絡がつかないという。
 「あのヤング。人が死にそうな時に、連絡先もオフにしてどこへ消えた?」と恨めしい。
 言葉遣いはバカ丁寧だが、痛むところを平気で強い力で押す、デリカシーの欠けた看護師さん1人に、びしょ濡れの衣類やシーツを取り替えてもらったが、まんじりともせずに朝が来た。私は「ゲシュタポの拷問みたいだ」と呪った。(古い!)
 私は薬過敏症なので、主治医の先生に、家族から、麻酔薬の量を加減してほしいと申し上げてあったのに、以後1週間も吐き気と食欲不振で苦しんだのである。嫌だ!
 このおかげで、リハビリの開始が遅れた。
 看護師さんたちは昼夜2交代制である。昼の組は朝から夕方5時までの日勤で、夜勤の人は夕方から翌朝9時まで。女性が圧倒的に多いが、男性もいる。夜勤は手当が多い。
 中に陽気で親切で、めちゃくちゃ気の利く男性看護師さんがいて、至れり尽くせりにこちらの要求に答えてくれる。丁度お子ちゃまのお誕生日にぶつかり、「今夜は3,000円の焼肉に行く」と嬉しそうに言っていらしたのに、翌週に尋ねたら、坊やは「焼肉よりもラーメンがいい」と答えたらしい。結局おうどんが誕生日パーティーの主菜だったとか。可愛すぎる。
 男女とも、とにかくみんな優しい。大病院の教育のしからしむる所だと思う。
 気の利く人と、全然気の利かない人と、さまざまではあるが、何より嬉しいのは言葉遣いが礼儀正しいことである。
 高齢者と見ると、押しなべて医者や看護師たちはタメ口で喋る人が多い。
 その度に私は言ってやる。「私は幼児ではないし、まだ現役の大人です。デスマス調でお話しください」と。
 この病院はタメ口の職員は誰もいない。
 実に気持ちがいい。
 リハビリについては紙幅が尽きた。
 後日、またお伝え出来たら語ることにする。(2023.2.1.)。
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