「京都府立植物園の観覧温室は凄い。ものすごい数のランの饗宴が、わずか200円で見られるし、職員や業者たちも素朴で親切だった」

 過日、京都へ実家の墓参と、京都府立植物園にランを見に行ってきた。
 外人客の洪水だろうと覚悟していたので、神社仏閣参詣は全部パス。観光地らしい場所も全部パス。一目散に府立植物園に行ったのである。
  わが家に送られてくる某誌にここの様々が特集されていて、筆者はべつに植物マニアでも、牧野博士のフアンでもないが、突然行きたくなったのだった。
 京都府立植物園は北の方、京都市左京区下鴨半木町というところにある。
 行く途中で京都市立芸術大学の前を通ると、雇った運転手さんが、突然、「私、ここを出たんです」と言った。「へ?」と筆者はビックリして、心中、「それで運転手さん?」。
 運転手さんは黙ってうなずき、それ以上は何もしゃべらなかった。
 芸術家は食べるのが大変なのだ、どこでも。
 昔はわが家にガイドブックが山ほどあったのだが、久しぶりなので、新しく朝日新聞出版という発行元の『&京都 2025』という1,100円の本を買って行ったのだが。
 腹の立つことに、この京都ガイドブックは、目を皿にしても「京都府立植物園」が何処にも載っていなかったのである。なんでだ!
 買うんじゃなかった。朝日新聞出版。
 若者やイチゲンさんに迎合(?)して、『美食手帳』だの『京都式ホカンスの楽しみ方』だの、『AERA  GUIDE』だの、『清水寺、祇園、嵐山、伏見稲荷大社、二条城、金閣寺、銀閣寺etc.』と手あかのついた内容ばかリ。
 さすが斜陽の朝日新聞だ。文化の香りが欠けておる。
 広大な府立植物園に着いたら、観光客で芋の子を洗う様な京都市内とは思えないガラガラすきで、広い植物園の入場料はたったの200円。加えて観覧温室の入館料も200円。
 〆て計400円しかかからなかったのである。いかに公立でも安い。
 東京ドームのラン展なんか、2024年の例だが、当日券は2,100円もするぞ。
 さて、入館直後にバラ園があった。
 以前、筆者は深大寺のバラ園を何度か見学したが、あそこのバラには、新種に「ダイアナ」さんとか「美智子」さまとか、有名人の名前が付けられていたように記憶するが、府立のバラ園では、人工的なことはまるでなく、どーんとバラが群生しているだけだった。
 広い園内をよたよた歩いて回った後で、念願の観覧温室に入った。
 これが凄いのなんの。
 筆者は関東地方の温室のランは、大抵見学しているが、この府立のスケールが最大だ。
 外側から見ると3棟に分かれていて、部屋がいくつもある。
 中でも、昼夜逆転室という真っ暗な部屋には、夜行性の『夜の女王』という粋な名前の蘭の花が気位高く咲いていた。写真参照。
 また『砂漠のラン』という部屋は、まさに砂漠に咲く蘭ばかりが並んでいる。
 観覧温室の中は、植物たちの間をくねくねと道が作られていて、とても見やすい。
 次々に見たこともない豪華なランが続いているので、写真が間に合わない程である。
 中間部に鉢植えの小ぶりなランを売っているところがあり、筆者は白とピンクのデンドロビュームを2鉢買った。
 「東京に送ってくださいますか」と尋ねると、何人かの業者さんがいて、開口一番「送料がかかりますよ」と言う。こちらは、そんなことは当然と思っていたが、千円の送料で買うのを辞める人がいるらしい。
 京都の方はシワイと聞いていたが、改めて驚く。
 数千円支払い、『洋蘭花鉢』という美しい名前でゆうパックの受取りをもらった。
 この後日談が、今回のエッセイのメインである。
 帰京後に届いたデンドロビュームは、小さなプラスチックの鉢に入っていたので、植え直してやろうと、西武百貨店9FのH花壇に電話をかけて確認してから、出かけた。
 中年のオバサン店員が2人いて、カクカクシカジカと説明した。
 別に前からリビングで育てている『クワズイモ』の観葉植物もあるので、それ用には大きな鉢、2つの蘭には小ぶりだが、ちゃんとしたひと回り大きな鉢を2個、それとそれぞれに合った土を買いたいと注文した。
 合計8,030円也。
 届いてからが大変だった。なんかおかしいのである。
 大きな袋入りの土は2,090円もしたのだが、どう考えても華奢なラン用の土ではない。
ひょっと思い出して京都府立植物園に電話を掛けた。
 親切に、「ランの販売所には2つの業者が入っています」と2軒の業者の電話番号を教えてくれたので、筆者はヤマ感で1軒目にかけたのである。
 「ちょっと教えていただきたいのですが」と名乗ると、「東京のA区の方ですね」と即座にこちらのことを思い出してくださった。高橋園芸の社長さんであった。
 ランには土じゃダメなこと、「ミズゴケ」を周りに入れること。「送料だけは着払いでいただきますが、その他はいりません」という。ありがたい。
 もう翌日には「ミズゴケ」やら、白い粒粒の肥料やら、デンドロビュームの育て方の四季について、「水、遮光・日光、肥料、置き場所、ポイント」などと丁寧に書いてある紙が同封されて着いたのである。しかも、
 「植物園ラン展にお越し下さりありがとうございました。簡単ではございますが、ご参考になさって下さいませ、高橋」と書き添えられてあった。
 まことに、業者の鑑である。
 プロの知識もないH花壇のオバサン売り子たちと、何という違いであろうか。
 筆者はド素人なので、植え替えたデンドロビュームが上手く育つか自信がない。でも、京都人のプロに巡り合った収穫は何物にも代えがたかったのである。(2024.6.10.)。
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