「コロナ禍の中、越境移動でごめんなさい」

 5月の最終週、都知事の百合子ちゃんが「県境を跨いでの移動はやめろ」と号令をかけていたのに、私は越境移動をしてしまった。観光や遊びでは決してなく、以前から懸案の事項で、ある重役と会わなければならなかったのである。
 安曇野市にもっているセカンドハウスは私の仕事場でもあり、そこでどうしても客人と会う必要があったのだ。体調も悪く、まるでコロナか?といぶかるほど倦怠感があり、できれば行きたくなかったが仕方がない。
 5月の21日に、JR駅みどりの窓口にチケットを買いに行った。
 私は以前からJRのジパングクラブというのに入っていて、繁忙期以外なら、200キロ以上のチケットは運賃も指定券も3割引きになるのである。JR駅のみどりの窓口は天井から大きなビニールがぶら下がっていて、窓口は1つしか開いていなかった。
 ジパングクラブの手帳に必要事項を書いて差し出すと、受付の男性は、「ちょっとお待ちください」といって、奥に消えちゃった。
 私は1週間後の5月28日乗車の<あずさ号>指定券を買うつもりである。
 暫くして受付の男性が戻ってきたが、むにゃむにゃ言っている。
 「は?」と私はたずねた。何をいってるのかわからないのだ。
 「いやあ、どうなるかわからなくて・・・」と窓口さん。
 「繁忙期でないから、買えますよね」と私。3割引がダメなのかと思ったからだ。
 「それが・・・、ちょっと、お待ちください」といって、彼はまた奥に消えちゃった。
 コロナ騒ぎでチケットを買う人がいず、客が私と連れだけなのが幸いだったが、何ですんなり売ってくれないのかわからない。
 また戻ってきた窓口氏は、困った顔をした。
 「決まってないんですよ。28日に電車が出るかどうか」
 「えーっ!」と私。
 そういえばニュースで、東海道新幹線も間引き運転だと報道されていた。中央線も間引きか運転取りやめなのか?
 「上司と相談しましたが、まだ来週の列車の予定が決まっていませんのでお売りできないんです」だと。
 「へぇーっ!」
 結局、翌週の25日以後にもう一度来てくれとのことで、21日は無駄足だった。
 26日になって、くそ忙しいのに、またみどりの窓口に行った。今度はチラホラ行列も出来ていて、28日のチケットはすんなり買えた。百合子ちゃん、自粛しなくてごめんなさい。
 28日早朝、スーツケースを転がすのがなんとなく気がひける。自粛モードが解けないのに物見遊山に出かけるみたいで肩身が狭いのだ。マスクに帽子とサングラス、手袋までして忍者もどきの顔隠しである。マンションでは誰にも会わずホッとする。
 新宿駅ではホームにほとんど人影がない。発車間際になっても誰も来ない。ついに発車になったが、私の乗った3号車には箱の中に私と連れだけしかお客はいなかったのである。
 JRさん、空気を運んでいて、赤字だわね。ワゴンも来なけりゃ車掌さんも来ず。いつも満員だらけに乗っているので、私の人生で、こんなに空いている特急は初体験だった。
 客人との会合を済ませて、とんぼ返りで東京に戻る。また越境である。
 ところが、帰りがまたまたトラブルだった。
 昔は仕事場まで自家用車で行っていたが、近頃は松本までJRか中央高速バスを利用し、松本からはレンタカーである。別荘までは小1時間の距離だ。
 帰宅のためにセカンドハウスを出発して暫くしてから、レンタカーがピーピーピーピー言い始めた。
 シートベルトはちゃんとしているし、半ドアでもないし、車線を跨いでもないし原因がわからない。煩くて頭痛がする。店に電話をしたら「見てみないとわからない」という。
 結局、1時間もの間、ピーピーの下痢音とともに走りぬ(笑)。間違いなくこれはコロナ騒ぎで休んでいたので、レンタカー屋の整備不良であろう。金返せ。ちなみにトヨタである。
 帰りの特急は、乗った車両に客は全部で3人だけ。またもや空気運びである。
 新宿に着いた後、家に戻っても食材がゼロなのでデパートの食品売り場に寄る。ここは3蜜どころか蜜蜜蜜の大混雑である。レジは長蛇の列で、コロナ人が1人でもいればヤバい。
 助かったのは電車が空いていたことだ。
 駅からタクシーに乗ったら、その運転手さんの話がコロナ禍で可哀そうだった。
 「もう全然お客さんがいないんですよ。今月の給料はたったの8万円です。食べていけませんよ。まだ10万円も来ないし・・・」
 家にもまだ来てません。申請はずっと以前に出したのに、何やってるんだ、お上は!
 「くに(愛媛県とか)のおふくろが電話をかけてきて、東京のタクシーは大変らしいけど大丈夫?って。大丈夫じゃないです」と運転手さん。
 「国会議員から会社に酷いことを言ってきたらしいです。タクシー業界はヒマなんだから、コロナの感染患者を運べといったらしい。俺たちは救急車じゃないですよー」
 ごもっともだ。
 高給を取っている国会議員たちは、庶民の痛みがさっぱりわかっていない。だから万事がのろいのだ。
 別荘で話をした重役に聞くと、10万円どころか、安曇野市ではアベノマスクもまだ来ていないそうだ。その辺にいっぱい売っている今になっても着かないって、どういうこと?
 豪華な医療用マスクが来るなら有難いが、テレビでビートたけしさんが、「眼帯かと思った」と笑わせたようなちっちゃいマスクが、まだ着かないとはどうかしている。
 我が家では既にいただいたけれど、洗ったら、とっくの昔に縮んじゃって1枚は捨てた。
 タクシー業界同様、イベントがなくなった音楽や舞台の芸術家たち、高い家賃を払っている食べ物屋や零細飲み屋さんたち、庶民の苦しみをお上はもっと忖度(!)するべし。
                    (2020.5.31)
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