コロナをものともせず開かれたデーモン閣下の『邦楽維新Collaboration』を聴く

 悪魔集団「聖飢魔Ⅱ」の謡・説法方として現世侵冠中のデーモン閣下が、ネリブン(練馬文化センター大ホール)に降臨するというので、このコロナ下を物好きに拝聴しに行ってきたのだ。
 他でもない、このユニークな公演のプロデューサーであり、尺八の大家、三橋貴風さんからご招待いただいたからである。いつもは横浜公演に呼んでいただくのだが、横浜まで行くのは正直しんどい。春先は特に体調が悪く、まして今年は家族の突然死で心ここにあらずだったが、なんと、近くのネリブンが会場だというので、「行きます行きます」と言ってしまった。
 三橋さんはコロナの中でも精力的に公演活動をなさっていて、「私はねえ、うつらない自信があるんですよ」と仰る。尺八は息を吐いて音を出す楽器であるから、気管支関係の病気には強いのだろうか。私が訃報について話すと、こんこんと、来世でまた故人と出会うと慰めてくださった。優しい方である。来世じゃなくて今淋しいんだけど。
 彼は文化庁芸術祭大賞や旭日小綬章ほかの数々の勲章をお取りになっていて、邦楽とデーモンさんという一見接点がなさそうな関係なのに、もう既にこのコンビの「邦楽維新」は22年も回を重ねている。
 2時間半を超す公演なので夕方5時半から始まった。練馬文化センターの大ホールがソーシャルディスタンスどころかほぼ満席(しかし席数制限)に近いお客さんで埋まっている。女性が多い。
 2時間半をひと口に言うと、いつものようにお話はエロい内容であった。今回は谷崎潤一郎の原作からお話が構成されていて、若い女の患者が、悪い歯医者の一団によって、クロロホルムをかがされて、強姦される話である。
 有名な戯曲「白日夢」と、谷崎の犯罪小説、「柳湯の事件」をミックスして使っている。
 谷崎自身が有名な「妻君譲渡事件」の主。夫人の千代に好意を持っていた親友の作家、佐藤春夫に妻を譲ろうとした事件があった。当舞台に出てくる歯医者に辱められる若い令嬢の名前も似た名前で葉室千枝子なのだ。
 最初に箏の演奏があり、なんとも美しい演奏で、見事というほかない。
 2人の箏奏者はそれぞれ13絃箏、17絃箏、20絃箏、25絃箏など複数の違う多絃箏をあやつる。私はいつもクラシック音楽のコンサートばかリ行っているので、和楽器のコラボは珍しい。他に尺八2人と薩摩琵琶、ベースとドラムスとキーボードと打楽器の構成である。
 中央より向かってちょっと右手に、キンキラキンの衣装をまとったデーモン閣下が、何故か初めに扇風機を抱えて登場した。
 女性フアンは拍手喝采。
 開幕前にデーモン閣下が例の「グハハハハーー」と天の声で登場した時から、近くの女性たちは乗り始めていて、クスクス笑ったり拍手したり、お約束のノリ。
台本を広げて、どっかと腰を下ろし、物語を始める。
 歯医者の待合室の風景が始まる。不愛想な医者、何人かの患者の様子が描写される。無機質な歯医者の待合室の風景が、淡々と読まれれば読まれるだけ、次に何が起きるか聞き手は想像を巡らせてワクワクする仕掛けになっている。青年・倉橋が虫歯を抜かれて卒倒する。
 「ああ、やっぱりだ!」
 朗読と音楽の繰り返しが続き、ついに丸顔の若い令嬢が薬をかがされて、失神し、奥の部屋に「せーのっ」で運ばれて行く場面が来る。悪い歯医者が女を手籠めにするために、歯医者の全員が協力している様子が、エロ度を倍加させるのだ。
 毎度のお約束でデーモン閣下が歌う。
 振りを伴う。
 耳をつんざくロック音楽の伴奏で、残念ながら閣下の歌の言葉が聴きとりづらい。伴奏音とのバランスを少し変える方がいいと思う。言葉がよく聞こえないと面白さも半減するからである。
 今回はフラメンコダンサーが2人登場した。
 男性は伊集院史朗、女性は公家千彰、2人ともスペイン留学の経験があるフラメンコダンサーである。和楽器とフラメンコが違和感なくコラボする。そういえば、フラメンコはスペインの土着音楽であり、日本の古来の伝統楽器と合わないはずはないのである。
 さて、幕間20分の後の第2幕。今度はまさに「柳湯の事件」そのもの。 
 若い女の堕落場面を目撃した倉橋青年が、女を救おうとして逆に殺してしまうのだが、それから始まる柳湯の場面は省略する。
 つまり、貧しい青年の倉橋が、本当は裕福な家の令嬢だった千枝子を救うために2人で生活し始めるが赤貧洗うがごとし。
 最後の最後は女が不忍の池にボートを漕ぎだして、殺人の凶器を捨てる所で終わる。細かい筋書きは省く。谷崎潤一郎は、三橋さんの解説では「虚構に生きた文豪」だそうで、正気と魔性の両極を作品の中でも、実生活の中でも実践した作家だという。確かに彼は物凄いストーリーテラーであった。
 残念ながら、私は谷崎文学を読破した人間ではなく、『細雪』しか完読していない。
 同年代の作家ではなかったからである。
 第2幕で驚いたのは、版権の切れた曲が沢山演奏されたこと。例えば、和楽器によるロドリーゴ作曲『アランフェス協奏曲』の有名な2楽章。かつてフランス映画で効果的に使われた。私もアランフェス宮殿の売店で、この曲のCDを買った記憶があるが、さて、どこへいっちゃったかしら。最近見ない。
 他にもデーモン閣下が美川憲一の『さそり座の女』を朗々と歌ったので笑ってしまった。
 体調が最悪の木の芽時に、三橋貴風さんのお陰で珍しいものを見せてもらった。
 コロナ禍で全滅のライブだが、早く疫病が淘汰され、また、コンサート会場に通いたい。今の私の体調では心もとないが。三橋さんデーモンさん、ありがとう。(2021.3.29)
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